トーマス・マンの紫微斗数命盤
ドイツの小説家、『魔の山』、ノーベル文学賞・1875年6月6日、リューベック, ドイツ生まれ
『ブッデンブローク家の人々』『魔の山』を書いたドイツの小説家です。命宮には主星がなく、対宮の武曲(廟)と貪狼(廟)を借りて見ます。
宮をタップで三方四正、下のパネルを引き上げて読み解き。
今
命宮
命盤と重なるところ
書く前に長く調べ上げる
トーマス・マンの作品には共通点があります。どれも、事実と時代の空気を長い時間をかけて徹底的に調べてから書き始めたものです。彼の盤では、官禄宮に文昌(廟)があります。官禄宮は仕事や仕事の進め方を表し、文昌は文書と学問の星で、ここでは廟にあります。小説を書く前に考証を尽くすやり方は、この星と重なります。
出典 ↗『魔の山』とノーベル賞の収入
1924年に出た『魔の山』はよく売れ、マンの暮らし向きを良くしました。1929年にはノーベル文学賞を受け、家計はさらに上向きます。この数年は財帛宮の大限(数え年46〜55歳、1920〜1929年)にあたり、大限命宮が本命の財帛宮に来ます。財帛宮はお金を表します。この大限に作品が収入をもたらしたことは、この位置と通じます。
出典 ↗三人の子どもも作家に
トーマス・マンと妻カタリーナには六人の子がいて、そのうちエーリカ、クラウス、ゴーロの三人はのちにドイツ語の重要な作家になりました。彼の盤では、子女宮に天梁(廟)化権が入ります。子女宮は子ども、化権は重みがあり、発言力があることです。三人の子がドイツ語の文壇でそれぞれ重きをなしたことは、この位置と重なります。
出典 ↗結婚を『大公殿下』に書く
1905年、トーマス・マンは裕福な実業家の家に生まれたカタリーナ・プリングスハイムと結婚しました。1909年の小説『大公殿下』は、世間知らずで夢見がちな若い王子の結婚を描いたもので、そのモデルは彼自身とカタリーナの恋愛と結婚です。彼の盤では、夫妻宮に紫微(旺)化科が入ります。夫妻宮は結婚を表し、紫微は斗数でよく帝王にたとえられる星です。自分の結婚を王子の物語に書いたことは、この星と照らし合わせて読めます。
出典 ↗命宮
トーマス・マンの命宮には主星がなく(空宮)、向かいの宮の武曲を借りて読みます。星格ではこの星を「旅人」と呼びます。火六局と合わせて、星格75タイプの「火六局・空宮タイプ」です。
生年四化
トーマス・マンの生まれ年の十干が、4つの星を化禄・化権・化科・化忌に変えます:
出生データ
現地時刻 1875-06-06 10:15。出典は Astro-Databank、ロッデン評価 AA(出生証明・出生記録)。出生地の真太陽時では 10:16、巳の刻。
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