アレクサンダー・フレミングの紫微斗数命盤
ペニシリンを発見した細菌学者、ノーベル賞受賞・1881年8月6日、ダーベル, イギリス生まれ
ペニシリンを発見したスコットランドの細菌学者です。盤上の命宮には主星がなく、対宮の太陽(不得地)化権と太陰(廟)を借りて見ます。身宮は福徳宮にあります。
宮をタップで三方四正、下のパネルを引き上げて読み解き。
今
命宮
命盤と重なるところ
1928年のシャーレ
1928年9月3日(数え年48歳)、休暇から研究室に戻ったフレミングは、培養皿にカビが生え、その周りのブドウ球菌が死滅しているのを見つけ、「妙だな」とつぶやきました。彼はこのカビがアオカビ属に属すると見分けています。盤上では1928年の流年の命宮が本命の子女宮に入り、流年四化の右弼化科もここに落ちます。化科は学問上の成果、名を残すことです。それがこの年の流年の命宮に落ちたことは、この年の発見と重なります。
出典 ↗誰も注目しなくても手放さない
1929年にペニシリンを発表しても注目する人はほとんどおらず、1936年の国際微生物学会議でその医療上の価値を語っても支持は得られませんでした。彼は落胆を黙って受け止め、研究を止めませんでした。元のカビを十二年にわたって保存し、培養し、分け与え続け、1940年になってもまだ化学者の協力を探していました。盤上では身宮が福徳宮にあり、文昌(廟)化忌があります。化忌は力を使い、心を注ぐところで、この数年ペニシリンに注いだ力と通じます。
出典 ↗世界各地の講演で警告
フレミングは早くから、ペニシリンの量が少なすぎたり投与期間が短すぎたりすると細菌が耐性を持つことに気づき、世界各地の講演で警告しました。1945年のノーベル賞講演では「いつか誰もが店でペニシリンを買えるようになるかもしれない。そのとき無知な人は量を足りなくして、体内の微生物に耐性を持たせてしまうかもしれない」と述べています。盤上の遷移宮には太陽(不得地)化権が入ります。遷移宮は外へ出ること、太陽は外を照らす星、化権は言葉に重みがあることで、各地で警告して回ったことに表れています。
出典 ↗命宮
アレクサンダー・フレミングの命宮には主星がなく(空宮)、向かいの宮の太陽を借りて読みます。星格ではこの星を「旅人」と呼びます。金四局と合わせて、星格75タイプの「金四局・空宮タイプ」です。
生年四化
アレクサンダー・フレミングの生まれ年の十干が、4つの星を化禄・化権・化科・化忌に変えます:
出生データ
現地時刻 1881-08-06 02:00。出典は Astro-Databank、ロッデン評価 AA(出生証明・出生記録)。出生地の真太陽時では 01:37、丑の刻。
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