ベンジャミン・ディズレーリの紫微斗数命盤
イギリスの首相、小説家・1804年12月21日、ロンドン, イギリス生まれ
二度イギリス首相を務めた保守党の政治家で、1826年からは小説も書き続けました。盤上の命宮は空宮で、対宮の太陽(廟)と天梁(廟)を借ります。
宮をタップで三方四正、下のパネルを引き上げて読み解き。
今
命宮
命盤と重なるところ
南欧の旅が人を形づくる
1830〜31年、ディズレーリは姉の婚約者とともに南ヨーロッパとその先を旅しました。伝記作家のパリー(Parry)は、この旅で彼が「島国の同胞には縁がないように見える価値に気づいた」と書き、ブレイクはこれを彼の経歴を形づくった経験の一つとみています。彼の盤では、身宮が遷移宮にあります。遷移宮は外へ出ること、外での経験の宮で、遠い旅が人を形づくる経験になったことは、身宮がここにあることと重なります。
出典 ↗1867年、選挙法改正を通す
1867年(数え年64歳)、財務大臣だったディズレーリは庶民院で「見事な議会手腕」を発揮して選挙法改正法案を通し、党内の英雄になりました。法案は8月に成立し、選挙権を持つ男性は93万人あまり増えました。盤上の1867年の流年四化では、天同(不得地)化権が本命の官禄宮に落ちます。化権は主導し、決定権を握ることです。この年に彼が主導して法案を通したことは、この流年と通じます。
出典 ↗ヴィクトリア女王との信頼
ディズレーリはヴィクトリア女王との関係を大切に築きました。二度目の首相在任中には、女王の最初の首相メルバーン子爵を除けば、ほかのどの首相よりも女王と親しかったとみられます。1876年、女王は彼をビーコンズフィールド伯爵に叙しました。彼の盤では、父母宮に廉貞(利益)化禄が入ります。父母宮は目上の人に、化禄はよい縁に当てて読まれることが多く、女王に重んじられたことと照らし合わせて読めます。
出典 ↗命宮
ベンジャミン・ディズレーリの命宮には主星がなく(空宮)、向かいの宮の太陽を借りて読みます。星格ではこの星を「旅人」と呼びます。金四局と合わせて、星格75タイプの「金四局・空宮タイプ」です。
生年四化
ベンジャミン・ディズレーリの生まれ年の十干が、4つの星を化禄・化権・化科・化忌に変えます:
出生データ
現地時刻 1804-12-21 05:30。出典は Astro-Databank、ロッデン評価 AA(出生証明・出生記録)。出生地の真太陽時では 05:30、卯の刻。
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