ジュディ・ガーランドの紫微斗数命盤
女優・歌手、『オズの魔法使』・1922年6月10日、グランドラピッズ, アメリカ生まれ
『オズの魔法使』のドロシーと「虹の彼方に」で知られるジュディ・ガーランドです。命宮に巨門(廟)があり、巨門は口と声に当てられます。
宮をタップで三方四正、下のパネルを引き上げて読み解き。
今
命宮
命盤と重なるところ
深く力強いコントラルト
ガーランドは幅広い役柄と力強いコントラルトの声で知られました。評論家は彼女の声を「深く、ビロードのようなコントラルトで、一瞬で高音へ駆け上がる」と表現しています。彼女の盤では、命宮に巨門(廟)があります。巨門は口と声に当てられ、廟はこの星が力を十分に発揮する位置です。声だけで人の記憶に残ったことは、命宮の巨門(廟)と重なります。
出典 ↗1961年、カーネギー・ホールの夜
1961年4月23日(数え年40歳)、ガーランドはカーネギー・ホールでコンサートを開き、この夜は多くの人に「ショービジネス史上最高の一夜」と呼ばれました。そのライブ・アルバムで、彼女はのちにグラミー賞の年間最優秀アルバム賞を受けた最初の女性になります。盤上の1961年の流年四化では、文曲(旺)化科が本命の官禄宮に入ります。文曲は芸に当てられ、化科は名声です。このコンサートで彼女の歌が広く知られたことと通じます。
出典 ↗二歳で父の劇場の舞台に
ガーランドの両親はともにヴォードヴィルの芸人で、ミネソタで映画を上映し、ヴォードヴィルも演じる劇場を営んでいました。彼女は二歳で二人の姉と一緒に父の劇場の舞台に立ち、クリスマスの出し物で「ジングルベル」を歌いました。その後三姉妹は数年間そこで出演し、母がピアノで伴奏しています。彼女の盤では、生年の紫微(得地)化権が父母宮に入ります。紫微は帝星、化権は主導権と重みです。両親自身が一つの舞台を持っていたことに、この位置が表れています。
出典 ↗子どもたちと共に舞台へ
1964年11月、ガーランドはロンドン・パラディアム(London Palladium)に戻り、当時18歳の娘ライザ・ミネリと共演しました。1967年7月にはニューヨークのパレス劇場で、子どものローナ・ラフト(Lorna Luft)、ジョーイ・ラフト(Joey Luft)と一緒に舞台に立ち、ローナはのちに女優、歌手になっています。彼女の盤では、生年の天府(廟)化科が子女宮に入ります。化科は名声、人の目に留まることです。それが子女宮にあり、子どもたちも観客の前に立ちました。
出典 ↗命宮
ジュディ・ガーランドの命宮は卯宮、主星は天機・巨門。星格ではこの星を「軍師」と呼びます。金四局と合わせて、星格75タイプの「金四局・天機タイプ」です。
生年四化
ジュディ・ガーランドの生まれ年の十干が、4つの星を化禄・化権・化科・化忌に変えます:
出生データ
現地時刻 1922-06-10 06:00。出典は Astro-Databank、ロッデン評価 AA(出生証明・出生記録)。出生地の真太陽時では 05:47、卯の刻。
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