ヴェルナー・ハイゼンベルクの紫微斗数命盤
量子力学の創始者、ノーベル物理学賞受賞・1901年12月5日、ヴュルツブルク, ドイツ生まれ
量子力学を打ち立て、不確定性原理を唱えたドイツの物理学者です。命宮には主星がなく、対宮の太陽(平和)化権と天梁(得地)を借りて見ます。
宮をタップで三方四正、下のパネルを引き上げて読み解き。
今
命宮
命盤と重なるところ
若い頃はスカウトのリーダー
ハイゼンベルクは若い頃、ドイツのスカウト団体ノイプファトフィンダー(Neupfadfinder)のメンバーで、そのリーダーでもありました。1923年8月には、ローベルト・ホンゼル(Robert Honsell)とともに計画を立て、ミュンヘンのスカウトの一隊をフィンランドへ連れて行っています。彼の盤では、命宮に主星がなく、対宮の太陽(平和)化権を借りて見ます。太陽は人の面倒を見て先頭を歩く星、化権は率いて決めることです。リーダーとして隊を率い、国外へ出たことは、この組み合わせと重なります。
出典 ↗1933年、ノーベル賞の発表
1932年度のノーベル物理学賞は発表が1933年11月まで延び、ハイゼンベルクが受賞しました。受賞理由は「量子力学の創始」です。盤上の1933年(数え年33歳)の流年四化では、巨門(不得地)化権が本命の官禄宮に入り、ここは彼の身宮でもあります。官禄宮は事業に当てて読まれ、化権は専門の分野で重みを持つことです。この年に量子力学で受賞したことは、この位置と重なります。
出典 ↗ライプツィヒの教え子たち
1927年から、ハイゼンベルクはライプツィヒ大学で理論物理学の教授を務めました。在任中に指導した博士課程の学生や研究者がのちに得た栄誉を見れば、その水準がわかります。その中にはブロッホ、テラー、ラービ、ヴァン・ヴレック、ヴァイツゼッカーらがいます。彼の盤では、子女宮に文曲(得地)化科があります。子女宮は学生や後輩に当てて読まれ、化科は名声、人の目に留まることです。教え子たちがそれぞれ名を上げたことと通じます。
出典 ↗命宮
ヴェルナー・ハイゼンベルクの命宮には主星がなく(空宮)、向かいの宮の太陽を借りて読みます。星格ではこの星を「旅人」と呼びます。木三局と合わせて、星格75タイプの「木三局・空宮タイプ」です。
生年四化
ヴェルナー・ハイゼンベルクの生まれ年の十干が、4つの星を化禄・化権・化科・化忌に変えます:
出生データ
現地時刻 1901-12-05 16:45。出典は Astro-Databank、ロッデン評価 AA(出生証明・出生記録)。出生地の真太陽時では 16:33、申の刻。
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