斗数骨髄賦
〈斗數骨髓賦〉
『紫微斗数全書』巻一・賦文・諸星問答と格局・原文と現代語訳
はじめに
〈斗数骨髄賦〉は『紫微斗数全書』巻一の後半にあり、篇名の「骨髓」は、紫微斗数の神髄を語るという意味です。全書の中で格局の名がもっとも密集している篇で、七殺朝斗、紫府同宮、日照雷門、月朗天門、石中隠玉、日月並明、機月同梁、馬頭帯剣、府相朝垣などはほとんどここに出てきます。後世の格局論の多くは、この篇から材料をとっています。
八十四段はおおよそ次のように分かれます。
- 総則(1〜8):まず格局を明らかにし、次に星々を見ます。同じ年・月・日・時に生まれても、貧富や寿命に違いがあります。第一に福徳宮を見て、次に遷移宮を調べます。命宮に正曜がなければ夭折し、孤独で貧しいとします。
- 夾と会(9〜11):夾貴夾禄、夾日夾月、夾昌夾曲は貴をつかさどり、夾空夾劫、夾羊夾陀は乞食になるとします。
- 貴格と賤格(12〜69):組み合わせの断定が長く続き、歴史上の人物がたくさん例に挙がります。周勃、賈誼、李広、顔回、仲由、屈原、阮籍、項羽、石崇、呂后、楊貴妃、鄧通、孔子の絶糧などです。
- 星の性質と流年(70〜84):巨門・破軍・擎羊は気性が剛く、天府・天相・天同・天梁は気性がよいとします。羊陀・七殺、火鈴・劫空・傷使はもっぱら禍をなし、太歳・官符は官の事件を、弔客・喪門は災いと病をつかさどるとします。
この篇には〈太微賦〉と言い分が逆になっているところがいくつかあります(〈太微賦〉は七殺星と廉貞星が同じ位置にあれば路上で死ぬと言いますが、ここでは「廉貞七殺反為積富之人」と言い、さらに後の段では「廉貞七殺流蕩天涯」と言います)。それらは注で指摘しています。訳文は原文を字面どおりに訳していて、「終身乞丐」「粉骨碎屍」「必為娼」も字のとおりに訳しています。
1太極星纏,乃群宿眾星之主,天門運限,即扶身助命之源,在天則運用無常,在人則命有格局。
書き下し太極の星纏は、乃ち群宿衆星の主、天門運限は、即ち身を扶け命を助くるの源なり。天に在りては則ち運用常無く、人に在りては則ち命に格局有り。
現代語訳太極星(紫微星)のある位置は、群がる星宿とあらゆる星の主です。天門と運限は、身宮・命宮を助ける源です。天にあっては、星の巡りは定まりなく変わりますが、人にあっては、命に一定の格局があります。
- 太極星
- 一般に紫微星、北極の帝星と解します。
- 纏
- 「躔」と同じで、星のある位置のこと。
- 天門
- 意味がはっきりしません。亥の宮を天門と呼びますが、ここでは運限と並べられていて、おおよそ星が巡る門口という意味です。
〈斗数骨髄賦〉は冒頭で二つの軸を定めます。紫微星(太極星)は星々の主で、運限は身宮・命宮を助ける源だということです。前者は動かない盤の話、後者は動いていく運の話です。最後の二句「在天則運用無常,在人則命有格局」が要で、天の星はたえず動いていても、一人ひとりに落ちると一つの格局に固まるので、命を読むにはまず格局を見分けよ、ということです。これが、この篇の後半に格局名が延々と並ぶ理由でもあります。「天門」が何を指すかははっきりしないことは注のとおりで、読むときは「紫微を綱とし、運限を用とする」という骨組みをつかんでおけば十分です。
2先明格局,次看眾星。或有同年同月同日同時而生,則有貧賤富貴壽夭之異。
書き下し先ず格局を明らかにし、次に衆星を看る。或いは同年同月同日同時にして生まるる有るも、則ち貧賤富貴寿夭の異有り。
現代語訳まず格局をはっきりさせ、それから個々の星を見ます。同じ年、同じ月、同じ日、同じ時刻に生まれても、貧賤と富貴、長寿と夭折の違いがあることがあります。
この句は盤を読む順序を示していて、まず格局、それから一つひとつの星です。後半は紫微斗数の歴史でとても有名な問題で、同じ年・月・日・時に生まれた人でも運命が違う、というものです。昔の人自身がこれを認めていて、命盤がすべてを決めるとは言っていません。現代にはいろいろな説明があり、生まれた土地、家庭環境、性別、本人の選択がみな違う、と考えます。紫微斗数は年・月・日・時だけで盤を立てるので、同じ時刻には世界中の多くの人が同じ盤を共有しています。だから命盤が語れるのは傾向とリズムで、具体的な人生はそれぞれの条件と選択で決まります。全書のあらゆる断定を読むときに、心に留めておくべき前提です。
3或在惡限,積百萬之金銀。或在旺鄉,遭連年之困苦。禍福不可一途而惟,吉凶不可一例而斷。
書き下し或いは悪限に在りて、百万の金銀を積む。或いは旺郷に在りて、連年の困苦に遭う。禍福は一途にして惟るべからず、吉凶は一例にして断ずべからず。
現代語訳悪い運限にいながら、百万の金銀を積む人がいます。旺地にいながら、何年も続けて苦しむ人がいます。禍福は一つの道筋だけで推し量ってはならず、吉凶は一つの例だけで判断してはなりません。
- 旺鄉
- 星や運限が旺である地。
校勘 「禍福不可一途而惟」の「惟」は「推」とすべきと思われ、下の句の「一例而斷」と対になります。訳文は「推」として訳しています。
二組の例はとても現実的です。悪い運にいながら大金を得る人もいれば、よい運にいながら何年も苦しむ人もいるので、「禍福不可一途而惟,吉凶不可一例而斷」(惟は推の意)というわけです。この句は〈太微賦〉冒頭の「不可一概論議」と同じ精神です(太微賦を参照)。現代に引き寄せると、運限の吉凶は一つの面にすぎず、同じ運限でも機会をつかむ人もいれば逃す人もいて、悪い運の中でもある面だけはとくに順調ということもありえます。盤を読むときは、大限の命宮の吉凶だけでなく、その運限での財帛宮・官禄宮・夫妻宮などを分けて見てください。
4要知一世之榮枯,定看五行之宮位。立命可知貴賤,安身便曉根基。
書き下し一世の栄枯を知らんと要せば、定めて五行の宮位を看よ。命を立つれば貴賤を知るべく、身を安んずれば便ち根基を暁る。
現代語訳一生の栄枯を知りたければ、必ず五行のある宮の位置を見なければなりません。命宮を立てれば貴賤がわかり、身宮を置けば土台がわかります。
- 立命
- 命宮を割り出すこと。後の安身は身宮を割り出すことです。
「五行之宮位」は、星の五行と宮の五行を一緒に見よということで、これは〈星垣論〉が一篇を通して語っていることです(星垣論を参照)。後半の「立命可知貴賤,安身便曉根基」は、命宮で生まれつきの格局の高さを、身宮で後天的に立つ土台を見る、ということです。星格の盤では、命宮と身宮は同じ宮のこともあれば、違う宮のこともあります。身宮がどの宮(命宮・夫妻宮・財帛宮・遷移宮・官禄宮・福徳宮のどれか)に落ちるかで、その人が一生のどの分野に力を注ぐかがよくわかります。
5第一先看福德,再三細考遷移,分對宮之體用,定三合之源流。
書き下し第一に先ず福徳を看、再三細かに遷移を考え、対宮の体用を分かち、三合の源流を定む。
現代語訳第一にまず福徳宮を見て、何度も細かく遷移宮を調べます。対宮の体と用を分け、三合の源と流れを定めます。
- 體用
- 体は本体、用は働き。本宮を体、対宮を用とします。
「第一先看福德」は全書のとても独特な主張です。ふつうは盤を読むならまず命宮を見ますが、ここでは第一に福徳宮を見よと言います。福徳宮が見るのは心の暮らし、楽しみ、福分で、昔の人は、福があるかどうかのほうが才能があるかどうかより根本的だと考えていました。次に遷移宮を見るのは、遷移宮が命宮の対宮で、外での活動と命宮が表裏になっているからです。「體用」は本宮が体、対宮が用ということ、「三合」は三方の源です。いまの暮らしに置けば、福徳宮はその人が幸せかどうか、成果を楽しめるかどうかを決める宮で、見落とされがちですが、生活の質にいちばん響く宮であることが多いのです。
6命無正曜,夭折孤貧。吉有凶星,美玉瑕玷。
書き下し命に正曜無ければ、夭折孤貧。吉に凶星有れば、美玉の瑕玷。
現代語訳命宮に主星がなければ、夭折し、孤独で、貧しいです。吉星の中に凶星があれば、美しい玉に傷があるようなものです。
- 正曜
- 十四主星。
- 瑕玷
- 玉の斑点、傷。
「命無正曜」は、命宮に十四主星がないこと、つまり空宮です。昔の人は夭折・孤独・貧窮と言っていて、とても重い断定です。一方、巻三の〈諸星同垣:劫空・傷使と命・身・財・宅〉は「命無正曜二姓延生」と言い(諸星同垣:劫空・傷使と命・身・財・宅)、養子に出る、婿入りする、母の再婚に従うなどを指していて、断定の方向が違います。いまの見方では、空宮が命宮なら対宮の主星を借りて見ます。性格に柔軟さがあり、環境の影響を受けやすい、と読めばよく、字面どおり夭折と決める必要はありません。後半の「吉有凶星,美玉瑕玷」は、吉の格に煞星が一つ混じれば、美しい玉に斑点があるようなもので、よさは割り引かれても台無しにはならない、ということです。
7既得根源堅固,須知合局相生,堅固則富貴延壽,相生則財官昭著。
書き下し既に根源の堅固なるを得れば、須らく合局の相生を知るべし。堅固なれば則ち富貴にして寿を延べ、相生なれば則ち財官昭著なり。
現代語訳根源がすでに堅固なら、さらに格局が相生していることを知らなければなりません。根源が堅固なら富貴で長生きし、格局が相生なら財禄と官位がはっきり現れます。
- 根源
- 生まれつきの土台。一般に生まれ年の干支、命局の五行と解します。
この句は二つの条件を言っています。根源が堅固であることと、格局が相生することです。「根源」は生まれつきの土台で、一般に生まれ年の干支と五行局を指します。「合局相生」は命宮の星、格局、五行局が互いに生じ合うことです。前者は富貴が長続きするかどうかを決め、後者は財と官がはっきり現れるかどうかを決めます。とても抽象的な一句ですが、実際に盤を読むときは、本命盤の条件が安定していて(主星が廟旺で、生年四化が命宮に逆らう位置に落ちていない)、しかもよい組み合わせがある(三方四正に吉星が会う)なら、根源が堅固で合局が相生している、と理解すればよいでしょう。
8命好身好限好到老榮昌。命衰身衰限衰終身乞丐。
書き下し命好く身好く限好ければ老に到るまで栄昌す。命衰え身衰え限衰うれば終身乞丐たり。
現代語訳命宮がよく、身宮がよく、運限もよければ、老年まで栄えます。命宮が衰え、身宮が衰え、運限も衰えていれば、一生乞食です。
この句は命・身・限の三つを並べています。三つともよければ老年まで栄え、三つとも衰えれば一生乞食だ、と。理屈は単純ですが、現実には三つとも全部よい、全部悪いという盤はめったになく、たいていはよいところと悪いところがあります。だからこの句の本当の使い道はチェックリストです。一枚の盤を読むとき、命宮・身宮・いまの大限をそれぞれ強いか弱いか見るのです。〈太微賦〉の「命坐強宮,細察制化之理」も(太微賦を参照)、いくつかの層を分けて見ることを求めています。「終身乞丐」は古書の誇張で、字面どおり人に当てはめるべきではありません。
9夾貴夾祿少人知,夾權夾科世所宜。
書き下し夾貴夾禄は人の知ること少なく、夾権夾科は世の宜しとする所。
現代語訳貴の星にはさまれ、禄の星にはさまれるよさを知る人は少なく、権の星にはさまれ、科の星にはさまれるのは、世の人がみなよいとするものです。
- 夾貴
- 命宮の両隣に天魁星・天鉞星があること。
- 夾祿
- 命宮の両隣に禄存星か化禄があること。
「夾」は命宮の両隣にそれぞれ星があることです。夾貴は天魁星・天鉞星にはさまれること、夾禄は禄存星か化禄にはさまれること、夾権・夾科は化権・化科にはさまれることです。昔の人が前の二つを「少人知」、後の二つを「世所宜」と言うのは、夾貴・夾禄のよさは目立たず、夾権・夾科は一目でわかる、という意味です。盤の上の事実を言うと、天魁星・天鉞星がはさめるのは辰・戌の二宮だけで(丙・丁年は戌、壬・癸年は辰をはさむ)、条件はかなり狭いものです。巻三の〈諸星同垣:魁鉞・左輔・右弼・禄存〉が挙げる例も、まさに命宮が辰の場合です(諸星同垣:魁鉞・左輔・右弼・禄存を参照)。星格の魁鉞夾とそのまま照らし合わせられます。
10夾日夾月誰能遇,夾昌夾曲主貴兮。
書き下し夾日夾月は誰か能く遇わん、夾昌夾曲は貴を主る。
現代語訳太陽星・太陰星にはさまれることには、誰が遇えるでしょうか。文昌星・文曲星にはさまれれば、貴をつかさどります。
夾日夾月は、太陽星・太陰星が命宮の両隣に分かれてあることです。実際に盤を立てると、日月がはさめるのは丑・未の二宮だけで、そこに座るのは天府星か武曲星・貪狼星なので、「誰能遇」、めったにない格局だと言うわけです。夾昌夾曲は文昌星・文曲星が両隣に分かれてある形で、貴をつかさどり、星格の昌曲夾にあたります。はさむことの理屈は「支えられる」ことで、命宮そのものが強いとは限らなくても、左右に光や文の星があれば、両脇で誰かが補佐しているようなものです。いまの暮らしなら、有能な人がそばで支えてくれる、あるいは家庭や先生がよい環境を用意してくれる、と読めます。
11夾空夾劫主貧賤,夾羊夾陀為乞丐。
書き下し夾空夾劫は貧賤を主り、夾羊夾陀は乞丐と為す。
現代語訳地空星・地劫星にはさまれれば、貧賤をつかさどります。擎羊星・陀羅星にはさまれれば、乞食になります。
前の二句は吉のはさみ、この句は凶のはさみです。地空星・地劫星にはさまれれば貧賤、擎羊星・陀羅星にはさまれれば乞食になるとします。ここで盤の上の事実に気をつけてください。擎羊星・陀羅星はいつも禄存星のある宮をはさんでいるので、「夾羊夾陀」はどの盤にも必ずあり、禄存星が命宮に座る人は必ず羊陀にはさまれます。字面どおりに読むと禄存星が命宮にある人はみな乞食になってしまい、明らかに本来の意味ではありません。後世の読み方では、はさまれた宮に化忌があれば羊陀夾忌で、それがほんとうの凶です。巻三も「夾忌劫空火鈴羊陀凶」と言っていて(諸星同垣:劫空・傷使と命・身・財・宅)、化忌を一番に挙げています。
12廉貞七殺反為積富之人,天梁太陰卻作飄蓬之客。
書き下し廉貞七殺は反って積富の人と為り、天梁太陰は却って飄蓬の客と作る。
現代語訳廉貞星・七殺星(が同宮すれば)は、かえって財を積む人になります。天梁星・太陰星は、かえって風に舞う蓬のようにさすらう旅人になります。
- 飄蓬
- 蓬の草が風に吹かれて転がること。あちこちさすらうことのたとえです。
星格のやり方全書の中で言い分が食い違っています。〈太微賦〉は「七殺廉貞同位,路上埋屍」と言い、この篇はここで財を積むと言い、第50段ではまた「廉貞七殺流蕩天涯」と言います。
前の句は〈太微賦〉の「七殺廉貞同位,路上埋屍」と逆で、そのことは上の「星格のやり方」で説明しています。補っておくと、巻三の〈諸星同垣:廉貞星〉の版には条件が付いていて、「廉貞七殺居廟旺反為積富之人」と言い、陥地で化忌なら貧賤で身体に障害があるともしています(諸星同垣:廉貞星)。この条件で読めば二つの句は矛盾しません。廟旺なら財を積み、陥地に化忌が加われば路上で死ぬ、ということです。星格の輝度では、廉殺の同宮は丑・未で、七殺星は廟、廉貞星は利益です。後の句は、天梁星と太陰星が会えば外をさすらうということです。天梁星は清高を、太陰星は変動をつかさどり、二つが会えば郷里を離れることが多い、と昔の人は考えました。
13廉貞主下賤孤寒,太陰主一生快樂。
書き下し廉貞は下賤孤寒を主り、太陰は一生の快楽を主る。
現代語訳廉貞星は卑しく、孤独で貧しいことをつかさどります。太陰星は一生の楽しさをつかさどります。
廉貞星は「下賤孤寒」、太陰星は「一生快樂」と、二句ともとても断定的で、しかも何の条件も付いていません。こうした一句だけの断定は全書にたくさんあり、読むときは必ず条件を補う必要があります。廉貞星の化気は囚で、落陥(巳・亥)してさらに煞星が加わってはじめて孤寒の姿が出ます。入廟(寅・申)のときは全書のほかの箇所で評価がとても高く、〈斗数骨髄賦〉の第31段も「廉貞殺不加聲名遠播」と言っています(第31段)。太陰星が楽しいのは入廟が前提で、落陥のときは全書には別に、憂いが多い、さすらうという言い方があります。だからこの句は、二つの星の基本の色合いとして受けとるしかありません。
14先貧後富武貪同身命之宮,先富後貧只為運限逢劫殺。
書き下し先に貧しく後に富むは武貪身命の宮に同じければなり、先に富み後に貧しきは只だ運限劫殺に逢うが為なり。
現代語訳はじめは貧しく後に富むのは、武曲星・貪狼星が身宮か命宮に一緒にあるからです。はじめは富み後に貧しくなるのは、ただ運限が劫殺に逢うからです。
- 劫殺
- 一般に地劫星などの煞星と解しますが、神煞の劫殺と解する人もいます。
前の句は、武曲星・貪狼星が命宮か身宮に同宮すれば、はじめ貧しく後に富むということです。武貪の同宮は丑・未だけで、星格では貪武同行と呼びます。昔の人は「武曲守命福非輕,貪狼不發少年郎」と言いました。武曲星は財を、貪狼星は欲と交際をつかさどり、若いうちは勢いはあっても蓄えが足りず、中年以後に発する、ということです。後の句は、はじめ富み後に貧しくなるのは、運限が「劫殺」に遇うからだと言います。劫殺は一般に地劫星と解しますが、将前十二神の劫煞と解することもできます。いまの暮らしに置けば、前者は大器晩成型、後者は、運のよいときこそ退路を残しておくように、劫や耗の運限では財が目減りしやすい、という注意です。
15出世榮華權祿守財官之位,生來貧賤劫空臨財福之鄉。
書き下し出世して栄華なるは権禄財官の位を守ればなり、生来貧賤なるは劫空財福の郷に臨めばなり。
現代語訳生まれながらに栄華なのは、化権・化禄が財帛宮・官禄宮を守っているからです。生まれつき貧賤なのは、地劫星・地空星が財帛宮・福徳宮に臨んでいるからです。
前の句は、化権・化禄が財帛宮・官禄宮を守れば、生まれながらに栄華だということです。財帛宮と官禄宮は命宮の三方なので、そこに権禄があれば、命宮が財と権に照らされているのと同じです。後の句は、地劫星・地空星が財帛宮・福徳宮に落ちれば、生まれつき貧賤だということです。財帛宮は稼ぐこと、福徳宮は楽しむことで、空劫がこの二宮にあれば、お金はあっても集まりにくく、福はあっても享けにくくなります。いまの暮らしに当てはめれば、前者は仕事と収入の条件がよいこと、後者は必ずしも貧しいわけではなく、よくあるのは物にあまりこだわらない、お金の使い方が気まま、収入の波が大きい、といった形です。盤を読むときは財帛宮と福徳宮を開いて、地空星・地劫星があるかどうかを見てください。
16文曲武曲為人多學多能,左輔右弼稟性克寬克厚。
書き下し文曲武曲は人と為り多学多能、左輔右弼は稟性克く寛く克く厚し。
現代語訳文曲星・武曲星(が命宮にあれば)、多くを学び、多くのことができる人です。左輔星・右弼星(が命宮にあれば)、生まれつきの性質が寛く、手厚いです。
- 克寬克厚
- 克はよくできること。寛く、手厚くあることができる、という意味です。
前の句は、文曲星と武曲星(二曲)が命宮にあれば、多くを学び多くをこなすということです。文曲星は才芸と弁舌、武曲星は実務と実行をつかさどり、一文一武なので能力が幅広いのです。巻三の〈諸星同垣:文昌星・文曲星〉は「二曲廟垣逢左右將相之財」と言い、さらに「文曲宜子午酉,武曲宜四墓」と補っています(諸星同垣:文昌星・文曲星)。後の句は、左輔星・右弼星が命宮にあれば、生まれつき寛く手厚いということです。左右は助けの星なので、命宮に座る人は自分も人を助ける人になり、だから寛く手厚いのです。今日的に言えば、二曲が命宮なら分野をまたぐ、いくつもの仕事を持つタイプに向き、左右が命宮なら人に好かれ、調整や管理に向きます。
17天府天相乃為衣祿之神,為仕為官定主亨通之兆。
書き下し天府天相は乃ち衣禄の神為り、仕と為り官と為れば定めて亨通の兆を主る。
現代語訳天府星・天相星は衣食と俸禄をつかさどる神で、士人となっても官となっても、必ず順調な兆しです。
天府星・天相星は「衣祿之神」で、官に就けば順調だとします。天府星は財庫、天相星は印の星で、どちらも安定した資源と地位をつかさどるので、昔の人は衣食に困らないと言いました。実際の盤では、天府星と天相星はいつも互いの三方や決まった位置で出会います。天府星が命宮に座れば、天相星は必ず官禄宮にあり(府相朝垣の土台です)、だからこの二星はよく一緒に出てきます。現代の仕事に置けば、組織の中、大企業、公務員のような安定した環境に向き、昇進は順調でも爆発的ではない、安定して積み上げる型です。
18苗而不秀科名陷於凶神,發不主財祿主躔於弱地。
書き下し苗にして秀でざるは科名凶神に陥ればなり、発して財を主らざるは禄主弱地に躔ればなり。
現代語訳苗は伸びても穂を出さないのは、化科が落陥して凶神に遇っているからです。出世しても財をつかさどらないのは、禄主が弱い地にあるからです。
- 苗而不秀
- 『論語』の言葉。稲の苗は伸びても穂を出さないことで、才学があっても成し遂げないことのたとえです。
- 祿主
- 一般に化禄となる星と解しますが、禄存星と解する人もいます。
「苗而不秀」は『論語』の言葉で、才があっても成らないことです。その条件は化科が落陥してさらに凶神に遇うことです。化科は名声と試験をつかさどるので、陥地にあって煞星もあれば、懸命に勉強しても合格しない、実力があっても名が出ない、ということになります。後の句は、「祿主」が弱い地にあれば、出世しても財をつかさどらないということです。禄主は一般に化禄となる星と解され、禄が弱い地にあれば、地位はあってもお金がない。二句とも「片方はあってもう片方がない」ことを言っています。現代に引き寄せれば、前者は専門の力は強いのに見せ方が下手なので、人の目に届く場を探すとよい、後者は役職は高くても収入が見合わないことがあり、公務員や学術の世界でよく見られる、となります。
19七殺朝斗爵祿榮昌,紫府同宮終身福厚。
書き下し七殺朝斗は爵禄栄昌、紫府同宮は終身福厚し。
現代語訳七殺朝斗なら、官爵と俸禄が盛んです。紫微星・天府星が同宮すれば、一生福が厚いです。
- 七殺朝斗
- 七殺星が寅・申・子・午で命宮に座り、紫微星・天府星が来て朝すること。
20紫微居午無殺湊位至三公,天府臨戌有星扶腰金衣紫。
書き下し紫微午に居りて殺の湊まる無ければ位三公に至り、天府戌に臨みて星の扶くる有れば腰金衣紫。
現代語訳紫微星が午の宮にあって、煞星が集まってこなければ、官位は三公に至ります。天府星が戌の宮にあって、吉星の助けがあれば、腰に金印を帯び、紫の袍を着ます。
- 三公
- 朝廷の最高の三つの官職。太師・太傅・太保など。
- 腰金衣紫
- 腰に金印を帯び、紫の官服を着ること。高官になることを指します。
21科權祿拱名譽昭彰,武曲廟垣威名赫奕。
書き下し科権禄拱すれば名誉昭彰、武曲廟垣なれば威名赫奕。
現代語訳化科・化権・化禄が拱照すれば、名声がはっきりと揚がります。武曲星が廟の宮にあれば、威名が赫々と輝きます。
- 赫奕
- 輝かしく盛んなこと。
前の句は、化科・化権・化禄が三方四正から命宮を拱照すれば名誉がはっきり揚がるということで、三奇加会のことです。三つの化がそろって照らすのは全書がとても重んじる組み合わせで、〈増補太微賦〉も「科權祿拱,定為扳桂之高人」と言います。後の句は、武曲星が廟の宮にあれば威名が輝くということです。巻三の表は武曲星を辰・戌・丑・未で廟とし、星格の輝度の表でも辰・戌・丑・未が廟で、一致しています。武曲星は将の星で、入廟すれば威勢があります。今の私たちの感覚で言えば、前者は名声と利益を兼ね、人の目に立つこと、後者は実行力と財務の力が強く、組織の中で実権を持つことです。
22科明祿暗位列三臺,日月同臨官居侯伯。
書き下し科明禄暗は位三台に列し、日月同臨は官侯伯に居る。
現代語訳化科が明るいところに、化禄が暗いところにあれば、位は三台に列します。太陽星・太陰星がともに臨めば、官は侯伯に至ります。
- 科明祿暗
- 一般に、化科が命宮(明)にあり、化禄が命宮と暗合(六合)する宮にあることと解します。
- 三臺
- 昔の三公のような高い位。
- 侯伯
- 爵位。公侯伯子男のうちの侯と伯。
前の句の「科明祿暗」は、化科が命宮(明)にあり、化禄が命宮と六合する宮(暗)にあることで、注のとおりです。六合は十二支が二つずつ合うもので、たとえば子と丑、寅と亥が合います。紫微斗数ではふつうあまり使わず、全書でも六合を使う数少ない箇所の一つです。第63段の「明祿暗祿」とあわせて読むとよいでしょう。後の句の「日月同臨」は太陽星・太陰星の同宮で、丑・未だけにあり、星格の日月同臨です。日月が同宮すると輝度は一方が高く一方が低くなり、星格は昼の生まれか夜の生まれかで、どちらの光を受けるかを判断します。これは巻三の「看人之生時,日喜太陽,夜宜太陰」という言い方と一致しています。
23巨機同宮公卿之位,貪鈴並守將相之名。
書き下し巨機同宮は公卿の位、貪鈴並び守るは将相の名。
現代語訳巨門星・天機星が同宮すれば、公卿の位です。貪狼星・鈴星がそろって命宮を守れば、将相の名声があります。
- 公卿
- 三公九卿。朝廷の高官。
24天魁天鉞蓋世文章,天祿天馬驚人甲第。
書き下し天魁天鉞は蓋世の文章、天禄天馬は驚人の甲第。
現代語訳天魁星・天鉞星(が命宮を照らせば)、文章は世に並ぶものがありません。禄存星・天馬星(が命宮を照らせば)、科挙に合格し、順位は人を驚かせます。
- 天祿
- 禄存星。
- 甲第
- 科挙の試験の上位の順位。
前の句は、天魁星・天鉞星が命宮を照らせば、文章が世を覆うということです。魁鉞は貴人の星ですが、昔の人はこれを試験や文章とも結びつけました。科挙は試験官に認められる必要があったので、貴人とはつまり見出してくれる人だったのです。後の句は、禄存星・天馬星が命宮を照らせば科挙に合格するということです。禄馬が出会うのは禄馬交馳で、ふつうは動く中で財を得ると読みますが、ここでは「驚人甲第」と読んでいて、別の使い方です。いまの暮らしに置けば、魁鉞が命宮を照らせば、試験・面接・審査で目をかけてもらいやすく、禄馬が命宮を照らせば、よその土地での勉学、留学、地域をまたぐ活動に有利です。
25左輔文昌會吉星尊居八座,貪狼火星居廟旺名鎮諸邦。
書き下し左輔文昌吉星に会えば尊く八座に居り、貪狼火星廟旺に居れば名諸邦を鎮む。
現代語訳左輔星・文昌星が吉星と会えば、尊い八座の位に就きます。貪狼星・火星が廟旺の地にあれば、名は諸国を震わせます。
- 八座
- 昔の尚書・令・僕射などの八つの高官。広く朝廷の大官を指します。
26巨日同宮官封三代,紫府朝垣食祿萬鍾。
書き下し巨日同宮は官三代を封じ、紫府朝垣は禄万鍾を食む。
現代語訳巨門星・太陽星が同宮すれば、官位による封贈が三代に及びます。紫微星・天府星が命宮に朝すれば、万鍾の俸禄を受けます。
- 官封三代
- 本人が官職に就き、朝廷が父・祖父まで三代に封号を加えること。
- 萬鍾
- 鍾は昔の容量の単位。万鍾は俸禄がきわめて多いことを言います。
27科權對拱躍三汲於禹門,日月並明佐九重於堯殿。
書き下し科権対拱すれば三汲を禹門に躍り、日月並明なれば九重を堯殿に佐く。
現代語訳化科・化権が対宮から拱照すれば、鯉が禹門の三段の波を跳び越えるようです。太陽星・太陰星がともに明るければ、堯帝の宮殿で天子を補佐します。
- 躍三汲於禹門
- 禹門は竜門。鯉が竜門の三段の波を跳び越えれば竜になるという言い伝えで、科挙の合格のたとえです。
- 九重
- 宮門が九重にあることから、天子を指します。
前の句は、化科・化権が対宮から命宮を拱照すれば、鯉が竜門を跳ぶように科挙に合格するということです。対宮はまっすぐ命宮を照らすので力が強く、科権が対宮にあるのは、外の環境が名声と権力を与えてくれるのと同じです。後の句は、日月並明なら堯の宮殿で九重を補佐するということです。日月並明は太陽星・太陰星がどちらも明るい位置にあり、しかもどちらも命宮を照らす形で、星格は、二つとも明るく、二つとも命宮の三方四正にあることで判定します。日月は一枚の盤の明暗の軸で、二つとも明るければ、君王をもっともよく補佐できると昔の人は考えました。現代に当てはめれば、理性と感性の両方を備え、上層の参謀役や公共の仕事に向く、となります。
28府相同來會命宮全家食祿,三合明珠生旺地穩步蟾宮。
書き下し府相同じく来たりて命宮に会えば全家禄を食み、三合の明珠生旺の地なれば穏やかに蟾宮に歩む。
現代語訳天府星・天相星がそろって命宮に会えば、一家みなが俸禄を受けます。三合に明珠があって生旺の地なら、着実に蟾宮に歩み入ります(科挙に合格します)。
- 明珠
- 一般に「明珠出海」を指します。命宮が未にあって主星がなく、卯の太陽星と亥の太陰星が照らす形です。
- 蟾宮
- 月の宮殿。蟾宮で桂を折るのは科挙の合格のたとえです。
29七殺破軍宜出外,機月同梁作吏人。
書き下し七殺破軍は宜しく外に出ずべし、機月同梁は吏人と作る。
現代語訳七殺星・破軍星(が命宮にあれば)、故郷を離れてよその土地で伸びるのがよいです。天機星・太陰星・天同星・天梁星(が命宮に会えば)、役所の吏員になります。
- 吏人
- 役所で実務を行う下級の役人。
30紫府日月居旺地斷定公侯器,日月科祿丑宮中定是方伯公。
書き下し紫府日月旺地に居れば断じて公侯の器と定め、日月科禄丑宮の中なれば定めて是れ方伯の公。
現代語訳紫微星・天府星・太陽星・太陰星が旺地にあれば、必ず公侯の器です。太陽星・太陰星が化科・化禄を帯びて丑の宮にあれば、必ず一地方の長官です。
- 方伯
- 一方の諸侯の長。のちに地方の大官を指すようになりました。
前の句は、紫微星・天府星・太陽星・太陰星が旺地にあれば公侯の器だということです。この四つはどれも貴をつかさどる星で、廟旺なら格局が高くなります。後の句は、太陽星・太陰星が化科・化禄を帯びて丑の宮にあれば、方伯の公だということです。日月が丑で同宮すると、星格の輝度では太陽星は不得地、太陰星は廟で、太陰星が主になります。全書の四化の口訣どおりなら、太陰星の化禄は丁年、化科は庚年と癸年、太陽星の化禄は庚年です。乙年は逆に太陰星が化忌になります。盤を読むときは、丑の宮の日月に化禄・化科の印があるかを見れば十分です。
31天梁天馬陷飄蕩無疑,廉貞殺不加聲名遠播。
書き下し天梁天馬陥なれば飄蕩疑い無し、廉貞殺加わらざれば声名遠く播く。
現代語訳天梁星・天馬星が落陥すれば、さすらうことは疑いありません。廉貞星に煞星が加わらなければ、名声が遠くまで広がります。
前の句は、天梁星と天馬星が同宮し、しかも落陥すれば、あちこちさすらうということです。天梁星の陥は巳・申・亥で、三つともちょうど天馬星が落ちうる宮なので(天馬星は寅・申・巳・亥にしか入りません)、この組み合わせは盤の上で実際に起こります。巻三の〈諸星同垣:天梁星〉は「天梁天馬為人飄蕩風流」と言い(諸星同垣:天梁星)、落陥に限っていません。後の句は、廉貞星に煞星がなければ名声が遠くまで届くということです。第13段の「廉貞主下賤孤寒」と比べると、全書の廉貞星への評価が煞星の有無で決まることがわかります。現代に当てはめれば、天梁星と天馬星は、よく住む街を変える、出張が多いといった暮らし方です。
32日照雷門富貴榮華,月朗天門進爵封侯。
書き下し日雷門を照らせば富貴栄華、月天門に朗らかなれば爵を進め侯に封ぜらる。
現代語訳太陽星が雷門を照らせば、富貴で栄華です。太陰星が天門で明るく照れば、爵位が進み、侯に封じられます。
- 日照雷門
- 太陽星が卯の宮で命宮に座ること。卯は八卦の震にあたり、震は雷です。
- 月朗天門
- 太陰星が亥の宮で命宮に座ること。亥は天門と呼ばれます。
33寅逢府相位登一品之榮,墓逢左右尊居八座之貴。
書き下し寅に府相に逢えば位一品の栄に登り、墓に左右に逢えば尊く八座の貴に居る。
現代語訳命宮が寅の宮で天府星・天相星に逢えば、位は一品の栄誉に登ります。命宮が四墓の宮で左輔星・右弼星に逢えば、尊い八座の貴い位に就きます。
- 墓
- 辰・戌・丑・未の四墓の宮。
前の句は、命宮が寅にあって天府星か天相星に遇えば、位が一品に登るということです。寅の宮の天府星は必ず紫微星と同宮し(紫府同宮)、寅の宮の天相星は必ず武曲星と同宮するので、この半句は実は二種類の盤を含んでいます。寅の紫府と寅の武相で、どちらも安定して資源のある組み合わせです。後の句は、命宮が四墓の宮で左輔星・右弼星に遇えば、尊く八座に居るということです。左右の同宮は丑・未だけです(左右は生まれ月で置かれ、二つが逆向きに進むので、丑・未でしか出会いません)。だから「墓逢左右」は実際には丑・未の二宮のことで、星格の左右同宮にあたります。
34梁居午位官資清顯,曲遇梁星位至臺綱。
書き下し梁午位に居れば官資清顕、曲梁星に遇えば位台綱に至る。
現代語訳天梁星が午の宮にあれば、官位は清らかで名高いものです。文曲星が天梁星に遇えば、位は朝廷の綱紀をつかさどる重臣に至ります。
- 臺綱
- 御史台の綱紀。朝政を監察する重臣を指します。
前の句は、天梁星が午の宮にあれば官の経歴が清らかで名高いということです。天梁星は午で廟、一つで座り、対宮は子の宮の太陽星です。巻三の表も天梁星を子・午で廟としています。天梁星は清高と監察をつかさどり、いちばんよい位置にあれば、清らかで重要な官職に向きます。後の句は、文曲星が天梁星に遇えば台綱に至るということです。台綱は御史台の綱紀、つまり監察官です。文曲星は弁舌を、天梁星は原則をつかさどり、合わさると弁が立ち、公正を守る人になります。いまの仕事に置けば、監査、法律、報道や評論、品質管理のように、原則と表現力が求められる仕事に向きます。
35科祿巡逢周勃欣然入相,文星暗拱賈誼允矣登科。
書き下し科禄巡り逢いて周勃欣然として相に入り、文星暗に拱して賈誼允に科に登る。
現代語訳化科・化禄がめぐり逢って、周勃は喜んで宰相の位に就きました。文の星がひそかに拱照して、賈誼はたしかに科挙に合格しました。
- 周勃
- 前漢の建国の功臣。文帝のとき丞相になりました。
- 賈誼
- 前漢の文学者。若くして名を成し、二十代で文帝に博士として召されました。
- 巡逢
- 三方四正で出会うこと。
この句から歴史上の人物が例として出てきます。周勃は漢初の丞相で、「科祿巡逢」は化科と化禄が三方四正で出会うことです。〈女命骨髄賦〉の詩も「祿權周勃命中逢」と言っていて、権か科かで言い方が違います。賈誼は若くして科に登った人で、「文星暗拱」は文昌星・文曲星が見えないところ(六合や三方)から拱照することです。巻三の〈諸星同垣:文昌星・文曲星〉では「文科拱照賈誼年少登科」となっていて、注に「論三方」とあります(諸星同垣:文昌星・文曲星)。昔の人を例に挙げるのは古書が説得力を増すためのやり方ですが、こうした人物の本当の生年月日時はたいてい確かめようがないので、例は格局のイメージを示すものとしてだけ受けとってください。
36擎羊火星威權出眾,貪武同行威鎮邊夷。
書き下し擎羊火星は威権衆に出で、貪武同行すれば威辺夷を鎮む。
現代語訳擎羊星・火星(が命宮にあれば)、威勢と権力が人並み外れます。貪狼星・武曲星が同行すれば、威勢は辺境の異民族を鎮めます。
前の句は、擎羊星・火星が命宮に座れば、威権が人に抜きん出るということです。二つとも煞星ですが、激しい性質も正しいところに使えば威権になります。全書の羊火への評価は両極端で、巻三の〈諸星同垣:火星・鈴星〉も「擎羊火鈴為下格」と言い、女性で廟旺ならまだよいとしています。だからこの半句は、羊火が入廟しているか、吉星による制化があるときにはじめて威権になる、と読むべきです。後の句は貪武同行で、威勢が辺境を鎮めるということ、武曲星と貪狼星の同宮です。第14段はこれを先に貧しく後に富むと言い、ここでは辺境を守れると言っていて、どちらも武将型の格局です。今の私たちの感覚で言えば、押しの強さと決断力の要る仕事に向きます。
37李廣不封擎羊逢於力士,顏回夭折文昌陷於天傷。
書き下し李広の封ぜられざるは擎羊力士に逢えばなり、顔回の夭折は文昌天傷に陥ればなり。
現代語訳李広が生涯侯に封じられなかったのは、擎羊星が力士に逢ったからです。顔回が若くして死んだのは、文昌星が落陥して天傷星に遇ったからです。
- 李廣
- 前漢の名将で、飛将軍と呼ばれました。戦功が多いのに最後まで侯に封じられませんでした。
- 力士
- 博士十二神の一つ。
- 天傷
- 奴僕宮に固定された星で、運限の災いと傷をつかさどります。
李広は前漢の名将で、戦功は抜群なのに一生侯に封じられませんでした。その条件が「擎羊逢力士」で、力士は博士十二神の一つです。盤の上には一つの規則があります。博士は禄存星の宮から起こし、力士はその次の宮に来ます。順に並べる人なら、次の宮はちょうど擎羊星なので、順に並べる盤では擎羊星と力士の同宮は必ず成り立ちます。巻三の〈諸星同垣:擎羊星・陀羅星〉が挙げているのはまさに、甲・丙・庚・壬の年生まれで擎羊星が卯・午・酉・子にある場合で(諸星同垣:擎羊星・陀羅星)、四つとも擎羊星の陥地です。顔回が若くして死んだ条件は文昌星が落陥して天傷星に遇うことで、巻三の〈諸星同垣:文昌星・文曲星〉は、運限が七殺星に至り、羊陀が畳併してはじめて論じる、と補っています(諸星同垣:文昌星・文曲星)。
38仲由威猛廉貞入廟遇將軍,子羽才能巨宿同梁沖且合。
書き下し仲由の威猛は廉貞入廟して将軍に遇えばなり、子羽の才能は巨宿同梁沖し且つ合すればなり。
現代語訳仲由(子路)が勇猛だったのは、廉貞星が入廟して将軍に遇ったからです。子羽に才能があったのは、巨門星が天同星・天梁星と沖し、しかも合したからです。
- 仲由
- 孔子の弟子の子路。勇猛で知られます。
- 將軍
- 博士十二神の一つ。
- 子羽
- 孔子の弟子の澹台滅明、字は子羽。容貌は醜いが徳と才がありました。
仲由(子路)が勇猛だったのは、廉貞星が入廟して将軍に遇ったからだとします。将軍も博士十二神の一つです。巻三の〈諸星同垣:廉貞星〉は年干ごとに命宮の位置を挙げていて(諸星同垣:廉貞星)、たとえば甲年生まれは酉に座り、乙年生まれは亥に座る、というように条件が細かく決まっています。子羽は孔子の弟子の澹台滅明で、容貌は醜くても才がありました。その条件は巨門星が天同星・天梁星と「沖且合」することで、巨門星が対宮か三合にあって、同梁と照らし合う、ということです。この一連の歴史上の例に共通しているのは、博士十二神のような小さな神煞で主星の判断を補っていることで、全書が人を論じるとき、小さな星にも役割があることがわかります。
39寅申最喜同梁會,辰戌應嫌陷巨門。
書き下し寅申には最も同梁の会を喜び、辰戌には応に陥の巨門を嫌うべし。
現代語訳寅・申の宮では、天同星・天梁星が会うのをもっとも喜びます。辰・戌の宮では、巨門星の落陥を嫌うべきです。
前の句は、寅・申の宮では天同星・天梁星が会うのをもっとも喜ぶということです。同梁の同宮は寅・申だけで、天同星は寅で利益・申で旺、天梁星は寅で廟・申で落陥なので、二つの宮の輝度は同じではありません。後の句は、辰・戌の宮では巨門星の落陥を嫌うということです。巨門星は辰・戌で落陥で、巻三の表も「陷辰戌」としています。ところが第67段がすぐに補っていて、辛年生まれは巨門星が化禄となり、かえって禄の位が高くそびえると言います。だからこの二句は合わせて読む必要があります。巨門星は辰・戌ではもともとよくないが、辛年の化禄に遇えばよくなる、ということです。これは全書によくある「陥地でも化吉に遇えばかえってよくなる」典型的な例で、巻三の〈諸星同垣:巨門星〉にも「反為奇」という言い方があります。
40祿倒馬倒忌太歲之合劫空,運衰限衰喜紫微之解凶厄。
書き下し禄倒れ馬倒るれば太歳の劫空に合うを忌み、運衰え限衰うれば紫微の凶厄を解くを喜ぶ。
現代語訳禄存星・天馬星が倒れて(働かなくなって)いれば、太歳が地劫星・地空星と会うのをもっとも忌みます。運が衰え、限が衰えていれば、紫微星が来て凶事と災厄を解いてくれるのを喜びます。
- 祿倒馬倒
- 禄と馬が働かなくなること。一般に空亡に落ちるか、沖破を受けることと解します。
前の句は、禄存星・天馬星が「倒れて」いるとき、流年の太歳がさらに地劫星・地空星に会うのをもっとも忌むということです。禄馬が倒れるとは、一般に空亡に落ちるか沖破を受けることを指し、〈太微賦〉の「祿逢沖破,吉處藏凶」も同じ類の状況です(太微賦を参照)。巻二の〈禄存星の性情〉も「最怕劫空相遇同,更兼太歲惡星沖,限倒其年入墓中」と言っていて、口調はもっと重くなっています。後の句は、運と限が衰えているとき、紫微星が来て和らげてくれるのを喜ぶということです。紫微星は帝星で、〈紫微星の主るところは〉はこの星が「能降福消災」と言います。盤を読むときは、運限がよくない年に三方四正に紫微星があるかを見てください。あれば苦境はほどけやすいとされます。
41孤貧多有壽,富貴即夭亡。
書き下し孤貧は多く寿有り、富貴は即ち夭亡す。
現代語訳孤独で貧しい人は長生きすることが多く、富貴な人はかえって若くして死にます。
この句は直感に反します。孤独で貧しい人は長生きし、富貴な人はかえって早く死ぬ、と。原文はどの組み合わせのことかを言っていません。巻三の〈諸星同垣:巨門星〉では、「巨機酉上化吉者縱有財官也不終」の下に「如值孤貧多有壽,巨富即夭亡」と注があり(諸星同垣:巨門星)、この句がもとは巨機が酉にある特例の話だったことがわかります。この組み合わせでは富貴は長続きせず、孤独で貧しければかえって長生きする、ということです。〈斗数骨髄賦〉はそれを一句として独立させたので、一般的な規則のように見えてしまっています。読むときは元の文脈に戻して、すべての人に当てはまる通則と受けとらないほうがよいでしょう。
42弔客喪門綠珠有墮樓之厄,官符太歲公冶有縲紲之憂。
書き下し弔客喪門ありて緑珠堕楼の厄有り、官符太歳ありて公冶縲紲の憂い有り。
現代語訳弔客・喪門(が運限に臨んで)、緑珠は楼から身を投げて死ぬ災厄に遭いました。官符・太歳(が運限に臨んで)、公冶長は縄で縛られ牢に入れられる憂き目を見ました。
- 弔客喪門
- どちらも歳前十二神で、流年について動き、弔事や哭泣をつかさどります。
- 綠珠
- 西晋の石崇の愛妾。石崇が捕らえられたとき、楼から身を投げて死にました。
- 公冶
- 孔子の弟子の公冶長。罪がないのに牢に入れられたことがあります。
- 縲紲
- 罪人を縛る黒い縄。牢に入ることを指します。
弔客・喪門はどちらも歳前十二神で、流年について動き、運限に臨めば弔事や哭泣をつかさどります。緑珠が楼から身を投げたのがその例です。官符・太歳が運限に臨めば官の事件をつかさどり、公冶長が罪もなく牢に入れられたのがその例です。この二組の神煞は重みが軽いのですが、全書は流年の出来事を説明するのにこれらをよく使います。注意したいのは、巻三の〈諸星同垣:劫空・傷使と命・身・財・宅〉が緑珠の死を「劫空臨限」のせいにしていることで(諸星同垣:劫空・傷使と命・身・財・宅)、ここの弔客・喪門とは違い、同じ歴史上の人物に二つの説明があります。盤を読むときは、こうした小さな神煞は補助にとどめ、主星と四化を主な判断にしてください。
43限至天羅地網屈原溺水而身亡,運遇地劫天空阮籍有貧窮之苦。
書き下し限天羅地網に至りて屈原水に溺れて身亡び、運地劫天空に遇いて阮籍貧窮の苦しみ有り。
現代語訳運限が天羅地網に至って、屈原は水に身を投げて死にました。運が地劫・地空に遇って、阮籍は貧窮の苦しみを味わいました。
- 天羅地網
- 辰の宮が天羅、戌の宮が地網。
- 屈原
- 戦国時代の楚の大夫。汨羅江に身を投げて死にました。
- 阮籍
- 魏晋の名士。竹林の七賢の一人。
「天羅地網」は辰の宮と戌の宮です。この二宮は紫微斗数では行き詰まりの地とされ、運限がここに来ると物事が引っかかりやすくなります。屈原が川に身を投げたのがその例です。後の句は、運限が地劫星・地空星に遇えば阮籍は貧窮した、ということです。阮籍は竹林の七賢で、礼法にとらわれずふるまい、官に仕えようとしませんでした。彼を例にしているところに、空劫のもう一つの面が見えます。能力が足りないのではなく、世に入ろうとしないのです。巻二の〈擎羊星の性情〉は別に「天羅地網遇擎羊,二限沖兮禍患戕」と言っていて(擎羊星の性情)、条件は辰・戌に擎羊星が加わることです。いまに置き換えれば、辰・戌の運限では辛抱が大切で、空劫の運限では物への期待を下げるとよい、ということです。
44文昌文曲會廉貞喪命天年,命空限空無吉湊功名蹭蹬。
書き下し文昌文曲廉貞に会えば命を天年に喪い、命空限空にして吉の湊まる無ければ功名蹭蹬す。
現代語訳文昌星・文曲星が廉貞星と会えば、命を落とし、天寿を全うできません。命宮が空で、運限も空で、しかも吉星が集まってこなければ、功名はつまずいて思うようになりません。
- 天年
- 自然に与えられた寿命。
- 蹭蹬
- 思うようにいかず、つまずくこと。
前の句は、文昌星・文曲星が廉貞星と会えば、命を落として天寿を全うできないということです。廉貞星の化気は囚で、昌曲は文の星なので、三つが出会えば文人が刑に遭う、と昔の人は考えました。巻三の〈諸星同垣:文昌星・文曲星〉では「昌曲廉貞於巳亥遭刑不善且虛誇」となっていて(諸星同垣:文昌星・文曲星)、巳・亥(廉貞星の陥地)に限り、子・申の二宮ではかえって貴く吉で美点が多いとしています。後の句は、命宮が空、運限も空で、吉星もなければ功名がつまずくということです。「空」は空宮のことも、空亡のこともありえます。現代の暮らしに置けば、前者は文書や契約の法的なリスクに注意すること、後者は仕事の伸びが遅いので、実力を蓄えて時機を待つのがよい、ということです。
45生逢天空猶如半天折翅,命中遇劫恰如浪裏行船。
書き下し生まれて天空に逢うは猶お半天に翅を折るが如く、命中に劫に遇うは恰も浪裏に船を行るが如し。
現代語訳生まれたとき命宮が地空(原文は「天空」)に逢うのは、空の半ばで翼を折るようなものです。命宮が地劫に遇うのは、ちょうど波の中で船を進めるようなものです。
- 天空
- 全書のほかの箇所と同じく、地劫と対になっているので地空星を指します。年支で置く雑曜の天空ではありません。
命宮に地空星があるのは空の半ばで翼を折るようなもの、命宮が地劫星に遇うのは波の中で船を進めるようなもの、と言います。二つのたとえはよく言い当てています。地空星は飛ぼうとして空振りし、計画が途中で途切れること、地劫星は風波の中を進み、至るところで消耗することです。全書の空劫への評価はほとんどが否定的で、〈形性賦〉も「星論廟旺最怕空亡」と言います。けれども現代の読み方ではもう一つの面も見えています。空劫が命宮にある人は発想が世俗離れしていて、決まった道を歩かず、創造的な分野、宗教、哲学などに向く、というものです。盤を読むときは、空劫がどの主星と同宮しているかを見てください。主星が強ければ影響は小さくなります。
46項羽英雄限至天空而喪國,石崇豪富限行劫地以亡家。
書き下し項羽の英雄も限天空に至りて国を喪い、石崇の豪富も限劫地に行きて以て家を亡ぼす。
現代語訳英雄の項羽も、運限が地空に至って国を失いました。大富豪の石崇も、運限が地劫の地に行って家を滅ぼしました。
- 項羽
- 秦末の西楚の覇王。劉邦に敗れ、烏江で自刎しました。
- 石崇
- 西晋の大富豪。のちに誅殺され、家財を没収されました。
この二つの例は前の句を受けています。項羽は運限が地空(原文は「天空」)に至って国を失い、石崇は運限が地劫の地に行って家を滅ぼしました。二人とも先に大きな成功を収め、後に運限のためにすべてを失っているので、この句の要は「運限」です。本命がどれほど強くても、運限で空劫に遇えば大きく崩れることがある、ということです。巻二の〈鈴星の性情(空劫・傷使・天馬を付す)〉も「劫空二限最乖張」と言い(鈴星の性情(空劫・傷使・天馬を付す))、孔子の絶糧、項羽の亡国、緑珠の墜楼をまとめて挙げています。今日の言葉にすれば、仕事の絶頂で空劫の運限に遇ったら守りを固め、拡大や一か八かの勝負は避けるのがよい、ということです。
47呂后專權兩重天祿天馬,楊妃好色三合文曲文昌。
書き下し呂后の専権は両重の天禄天馬、楊妃の好色は三合の文曲文昌。
現代語訳呂后が権力をほしいままにしたのは、命宮に二重の禄の星と天馬星があったからです。楊貴妃が色を好んだのは、三合に文曲星・文昌星があったからです。
- 呂后
- 漢の高祖劉邦の皇后。劉邦の死後、朝政を握りました。
- 兩重天祿
- 一般に禄存星と化禄がそろってあることと解します。
- 楊妃
- 唐の玄宗の貴妃、楊玉環。
呂后が権力を握ったのは「兩重天祿天馬」で、命宮に二重の禄(禄存星と化禄の同宮、つまり双禄)があり、さらに天馬星があることです。巻三の〈諸星同垣:魁鉞・左輔・右弼・禄存〉は「雙祿守命呂后專權」としていて(諸星同垣:魁鉞・左輔・右弼・禄存)、天馬星は出てきません。楊貴妃が色を好んだのは、三合に文昌星・文曲星があったからです。昌曲は文芸の星で、桃花の性質も帯びているので、女命では昔の人はよく風流と読みました。二つの例はどちらも女性で、当時の価値観で語られています。女性が権力を握ることは「專權」、美しく情が深いことは「好色」と見なされたのです。いまの読み方では、双禄は資源が集中すること、昌曲は才芸と魅力です。
48天梁遇馬女命賤而且淫,昌曲夾墀男命貴而且顯。
書き下し天梁馬に遇えば女命賤しくして且つ淫、昌曲墀を夾めば男命貴くして且つ顕る。
現代語訳天梁星が天馬星に遇えば、女命は卑しく、しかも淫らです。文昌星・文曲星が丹墀をはさめば、男命は貴く、しかも名が顕れます。
- 墀
- 宮殿の前の階段。昌曲夾墀は一般に、文昌星・文曲星が命宮をはさむことと解します。
前の句は、天梁星が天馬星に遇えば、女命は卑しく淫らだということです。全書が女命に下すとても重い断定ですが、巻三の〈諸星同垣:天梁星〉の版は「天梁天馬為人飄蕩風流」で、男女を分けていません。巻三の言い方に従えば、この組み合わせは暮らしがさすらいがちで、恋愛も定まらないということで、女命だけがいっそう重く言われるのは、女性が動き回ることへの昔の偏見です。後の句は、文昌星・文曲星が命宮をはさめば(「夾墀」)、男命は貴く名が顕れるということで、星格の昌曲夾です。同じ組み合わせでも全書は男女を分けて論じることがよくあり、読むときはその背景を知っておけば十分です。
49極居卯酉多為脫俗僧人,貞居卯酉定是公胥吏輩。
書き下し極卯酉に居れば多く脱俗の僧人と為り、貞卯酉に居れば定めて是れ公胥吏の輩。
現代語訳紫微星(北極)が卯・酉にあれば、多くは俗世を離れた僧になります。廉貞星が卯・酉にあれば、必ず役所の小役人の類です。
- 極
- 北極。紫微星を指します。
- 胥吏
- 役所で文書を扱う下級の役人。
前の句は、紫微星が卯・酉にあれば、多くは俗世を離れた僧になるということです。紫微星は卯・酉では必ず貪狼星と同宮し、帝星が桃花に遇い、しかも卯・酉という落ち着かない位置にあるので、世を離れる方向に向きやすいと昔の人は考えました。巻三の〈諸星同垣:紫微星〉は「劫空四殺」という条件を補っていて、〈女命骨髄賦〉も「極居卯酉遇劫空,十人之命九人僧」と言っています(女命骨髄賦)。空劫があってはじめて論じる、ということです。後の句は、廉貞星が卯・酉にあれば胥吏の類だということです。廉貞星は卯・酉では必ず破軍星と同宮し、廉貞星は平和、破軍星は落陥で、条件が弱いので、実務を扱う小役人になるとします。
50左府同宮尊居萬乘,廉貞七殺流蕩天涯。
書き下し左府同宮すれば尊く万乗に居り、廉貞七殺は天涯に流蕩す。
現代語訳左輔星・天府星が同宮すれば、尊く万乗の位に就きます。廉貞星・七殺星(が同宮すれば)、天の果てまで流れさすらいます。
- 萬乘
- 一万台の兵車を出せる天子の国。きわめて尊いことを指します。
星格のやり方第12段の「廉貞七殺反為積富之人」と逆で、同じ篇の中で言い分がそろっていません。
前の句は、左輔星と天府星が同宮すれば、尊く万乗に居るということです。天府星は南斗の主星で、左輔星の助けがあれば、帝王のそばの重臣のようなものです。後の句の「廉貞七殺流蕩天涯」は第12段の「積富之人」と逆で、上の「星格のやり方」で説明しています。ここの「流蕩」は〈太微賦〉の「路上埋屍」と方向が同じで、どちらも外での落ち着かなさです。第12段については、巻三が「居廟旺」であってはじめて財を積むと補っていました。だから三か所は合わせて読めます。廉殺の同宮は、廟旺で吉が加われば財を積み、そうでなければさすらい、陥地で化忌なら凶、ということです。
51鄧通餓死運逢大耗之鄉,夫子絕糧限到天傷之內。
書き下し鄧通の餓死は運大耗の郷に逢えばなり、夫子の絶糧は限天傷の内に到ればなり。
現代語訳鄧通が餓死したのは、運が大耗の地に逢ったからです。孔子が食糧を絶たれたのは、運限が天傷の中に至ったからです。
- 鄧通
- 前漢の文帝の寵臣。銅山を賜って銭を鋳たことがありますが、のちに家財を没収されて餓死しました。
- 夫子絕糧
- 孔子が諸国をめぐっていたとき、陳と蔡の間で食糧を絶たれたこと。
- 大耗
- 博士十二神の一つで、破耗をつかさどります。
鄧通は漢の文帝の寵臣で、銅山を持って銭を鋳たこともありましたが、最後は餓死しました。その条件は運が大耗の地に行くことです。孔子が陳・蔡の間で食糧を絶たれたのは、運限が天傷に至ったからだとします。巻三の〈諸星同垣:劫空・傷使と命・身・財・宅〉は「天傷加惡曜仲尼絕糧鄧通亡」と言い(諸星同垣:劫空・傷使と命・身・財・宅)、二人とも天傷のせいにしています。〈天傷・天使の主るところは〉は「限至大耗號天傷,夫子在陳也絕糧」と言い、大耗と天傷を同じものとしています。天傷星はいつも奴僕宮にあるので、「限到天傷」とは運限が奴僕宮に来ることです。全書は同じ例について、原因の説明がそろっていません。
52鈴昌羅武限至投河,巨火擎羊終身縊死。
書き下し鈴昌羅武は限至れば河に投じ、巨火擎羊は終身縊死す。
現代語訳鈴星・文昌星・陀羅星・武曲星は、運限がそこに至れば河に身を投げて死にます。巨門星・火星・擎羊星は、最後には首をくくって死にます。
- 羅
- 陀羅星。
- 縊死
- 首をくくって死ぬこと。
前の句は、鈴星・文昌星・陀羅星・武曲星に運限が至れば、河に身を投げるということです。巻三の〈諸星同垣:文昌星・文曲星〉は「昌曲己辛壬生人限逢辰戌慮投河」と言い、〈武曲星の主るところは〉は「破軍貪狼會於坎宮,必主投河溺水」と言います。後の句は、巨門星・火星・擎羊星が同じく命宮にあれば、最後は首をくくって死ぬということです。巻三の〈諸星同垣:巨門星〉では「巨火擎羊陀逢惡曜防縊死投河」となっていて(諸星同垣:巨門星)、「逢惡曜」という条件が加わり、口調も「終身縊死」から「防(備えよ)」に変わっています。こうした死に方の断定は、現代では、心の健康と水辺の安全に気をつけるように、と読むにとどめるべきです。
53命裏逢空不飄流即主疾苦,馬頭帶劍非夭折則主刑傷。
書き下し命裏に空に逢えば飄流せざれば即ち疾苦を主り、馬頭帯剣は夭折に非ざれば則ち刑傷を主る。
現代語訳命宮で空に逢えば、あちこちさすらうのでなければ、病に苦しみます。馬頭帯剣なら、夭折するのでなければ、刑傷を受けます。
- 馬頭帶劍
- 擎羊星が午の宮(午は馬)で命宮に座ること。
54子午破軍加官進祿,昌貪居命粉骨碎屍。
書き下し子午の破軍は官を加え禄を進め、昌貪命に居れば粉骨砕屍。
現代語訳破軍星が子・午にあれば、官位が上がり禄が増えます。文昌星・貪狼星が命宮にあれば、骨が砕け屍が裂けるような死に方をします。
- 粉骨碎屍
- 骨が粉々になり、屍が砕けること。きわめてむごい死に方を言います。
前の句は、破軍星が子・午にあれば官が上がり禄が増えるということで、星格の英星入廟です。破軍星は子・午で廟、一つで座り、対宮は廉貞星・天相星です。巻三の〈諸星同垣:破軍星〉の表も子・午で廟としています。後の句は、文昌星・貪狼星が同じく命宮にあれば粉骨砕屍だということで、全書でもいちばん重い断定の一つです。〈貪狼星の主るところは〉は貪狼星について「昌曲同度,必多虛而少實」と言っていて、ここよりずっと穏やかです。考えられる読み方は、貪狼星の欲に文昌星の才が加わると、投機や冒険の道に進みやすく、煞星が加われば凶になる、というものです。現代に引き寄せれば、交通や危険の多い活動に注意し、何事もやりすぎないように、ということです。
55朝斗仰斗爵祿榮昌,文桂文華九重貴顯。
書き下し朝斗仰斗は爵禄栄昌、文桂文華は九重に貴顕。
現代語訳朝斗・仰斗なら、官爵と俸禄が盛んです。文桂・文華なら、朝廷で貴く名が顕れます。
- 朝斗仰斗
- 七殺星が命宮に座り、紫微星・天府星が来て朝する格局(七殺朝斗、七殺仰斗)。
- 文桂文華
- 格局の名。一般に、文昌星・文曲星が丑・未で命宮に座ることと解します。
「朝斗仰斗」は、七殺星が命宮に座り、紫微星・天府星が来て朝することです。星格の七殺朝斗は、寅・申を朝斗、子・午を仰斗(対宮は武曲星・天府星)と呼んでいます。「文桂文華」は一般に、文昌星・文曲星が丑・未で命宮に座ることと解します。巻三の〈諸星同垣:文昌星・文曲星〉は「昌曲臨於丑未時逢卯酉近天顏」と言い、賈誼・卜商を例にしています。この句は二組の格局をまとめていて、一方は武、一方は文です。七殺朝斗は武の職、文桂文華は文の職で、どちらも昔の官途での上格です。
56丹墀桂墀早遂青雲之志,合祿拱祿定為巨擘之臣。
書き下し丹墀桂墀は早く青雲の志を遂げ、合禄拱禄は定めて巨擘の臣と為る。
現代語訳丹墀・桂墀なら、早くから立身出世の志を遂げます。合禄・拱禄なら、必ず傑出した重臣になります。
- 丹墀桂墀
- 格局の名。一般に、太陽星・太陰星が廟旺の地にあって命宮を照らすことと解します。
- 合祿拱祿
- 禄存星か化禄が三合や対宮から命宮を照らすこと。
- 巨擘
- 親指。傑出した人のたとえです。
「丹墀桂墀」は一般に、太陽星・太陰星が廟旺の地にあって命宮を照らすことと解します。丹墀が日、桂墀が月です(月には桂の木があるとされます)。この格局名は全書のほかの箇所ではほとんど説明されておらず、各家の説はまちまちです。後の句の「合祿拱祿」は、禄存星か化禄が三合や対宮から命宮を照らすことです。禄が三方にあれば、命宮が財禄に囲まれているのと同じです。いまの暮らしに置けば、前者は若いうちから機会があり、早くに志を得ること、後者は資源の多くが外から来るので、協力や大きな場を足がかりに伸びるのに向く、ということです。盤を読むときは、命宮の三方四正に禄がいくつあるかを見てください。
57陰陽會昌曲出世榮華,輔弼遇財官衣緋著紫。
書き下し陰陽昌曲に会えば出世して栄華、輔弼財官に遇えば緋を衣て紫を著る。
現代語訳太陰星・太陽星が文昌星・文曲星と会えば、生まれながらに栄華です。左輔星・右弼星が財帛宮・官禄宮に遇えば、赤や紫の袍を着る高官になります。
- 衣緋著紫
- 赤や紫の官服を着ること。高官を指します。
前の句は、太陽星・太陰星が文昌星・文曲星と会えば、生まれながらに栄華だということです。日月は貴の星、昌曲は文の星で、出会えば文名が揚がります。〈太微賦〉の「太陽會文昌於官祿」「太陰會文曲於妻宮」と同じ類の組み合わせで、ここでは会照するだけでよいと条件をゆるめています。後の句は、左輔星・右弼星が財帛宮か官禄宮にあれば、赤や紫の袍を着るということです。左右が財と官の二宮にあるのは、仕事とお金の面で助けてくれる人がいることを表します。現代に引き寄せれば、前者は学歴や文化的な背景がもたらす強み、後者は職場に頼れる同僚や部下がいること、と読めます。
58巨梁相會廉貞並,合祿鴛鴦一世榮。
書き下し巨梁相会して廉貞並ぶは、合禄鴛鴦にして一世栄ゆ。
現代語訳巨門星・天梁星が会い、そこに廉貞星も並べば、合禄鴛鴦で、一生栄えます。
- 合祿鴛鴦
- 格局の名。何を指すかははっきりせず、一般に禄存星と化禄が対になって合うことと解します。
「巨梁相會廉貞並」は、巨門星・天梁星・廉貞星の三つが出会うことで、「合祿鴛鴦」と呼ばれます。この句の条件ははっきりしません。巨門星と天梁星は同宮しないので、三つがどう「並ぶ」のか、各家の説はまちまちで、注にあるとおり格局名そのものも明確ではありません。一つの読み方は、巨門星・天梁星が三方四正で出会い、さらに廉貞星の化禄が加わるというもので、もう一つは、禄存星と化禄が対になって合うというものです。こうした条件のはっきりしない句は、「禄が対になれば栄える」という原則として受けとればよく、盤の上に無理に位置を探す必要はありません。
59武曲閑宮多手藝,貪狼陷地作屠人。
書き下し武曲閑宮なれば手芸多く、貪狼陥地なれば屠人と作る。
現代語訳武曲星が閑宮にあれば、手先の技芸が多いです。貪狼星が陥地にあれば、屠殺を生業とする人になります。
- 閑宮
- 廟でも陥でもない、力を得ない宮。
前の句は、武曲星が閑宮にあれば手先の技芸が多いということです。閑宮は廟でも陥でもない場所で、星格の輝度では武曲星は寅・申で得地、卯・酉で利益、巳・亥で平和です。武曲星がいちばん強い位置にないと、財の星の力が技芸に向かい、手仕事で生計を立てます。後の句は、貪狼星が陥地にあれば屠殺を生業にするということです。貪狼星の陥は巳・亥で、巻三の〈諸星同垣:貪狼星〉は貪狼星が巳・亥で殺が加われば、屠戸にならなくとも刑に遭うとして(諸星同垣:貪狼星)、「加殺」という条件を加えています。昔は屠殺を低い職業と見ていましたが、現代の読み方では、外科、料理、工芸のように手を動かす技術的な仕事に向く、ということになります。
60天祿朝垣身榮貴顯,魁星臨命位列三臺。
書き下し天禄垣に朝すれば身栄え貴顕、魁星命に臨めば位三台に列す。
現代語訳禄存星が命宮に朝すれば、その身は栄え、貴く名が顕れます。天魁星が命宮に臨めば、位は三台に列します。
前の句は、禄存星が命宮に朝すれば、本人が栄えて貴くなるということです。禄存星が命宮の三方四正から命宮を照らすことで、禄の星が朝垣する形です。後の句は、天魁星が命宮に臨めば、位が三台に列するということです。天魁星は陽の貴人で、命宮に座れば目上の人や上司に引き立てられます。二句ともかなり単純で、〈太微賦〉の「魁鉞同行,位居臺輔」と比べるとよいでしょう(太微賦を参照)。あちらは魁鉞の二つがそろうことを求め、こちらは天魁星一つでよいとしています。いまの暮らしに置けば、天魁星が命宮にある人は先輩に認められやすく、受け継ぎや師弟関係のある環境で伸びるのに向きます。
61武曲居乾戌亥上,最怕太陰逢貪狼。
書き下し武曲乾の戌亥の上に居れば、最も太陰の貪狼に逢うを怕る。
現代語訳武曲星が乾の宮、戌・亥の上にあれば、太陰星がさらに貪狼星に遇うことをもっとも恐れます。
- 乾
- 八卦の乾の方位は北西で、戌・亥にあたります。
武曲星が戌・亥(乾の宮)で命宮に座れば、太陰星がさらに貪狼星に遇うのをもっとも恐れる、と言います。盤の上の事実を補っておきます。武曲星が戌にあれば一つで座り、対宮の辰は必ず貪狼星です。武曲星が亥にあれば破軍星と同宮します。だから武曲星が戌なら、「貪狼星に遇う」はどの盤でも成り立ちます。一方、太陰星は必ず卯の宮にあって落陥し、武曲星の三方四正には入らないので、本命盤では会いません。「太陰逢貪狼」は、運限が太陰星・貪狼星の宮に来たとき、財の星が陰柔の星と欲の星に引っぱられて財が不安定になる、という意味である可能性が高いでしょう。巻三の〈諸星同垣:武曲星〉の表は、武曲星を辰・戌で廟、巳・亥で平和としています。
62化祿還為好,休向墓中藏。
書き下し化禄は還た好しと為すも、墓中に向かいて蔵るること休かれ。
現代語訳化禄はもともとよいものですが、墓の地に隠れてはいけません。
- 墓
- 辰・戌・丑・未の四墓の宮。
化禄はもともとよいものですが、墓の地(辰・戌・丑・未)に隠れてはいけない、と言います。墓はしまいこみ、ふさがる地で、禄が墓の中にあれば、財はあっても使えず、外に出せません。全書には珍しい、化禄についての否定的な注意です。〈十二宮諸星失陥貧賤論〉も「貪狼化祿居四墓,縱然遇吉亦中平」と言っています(十二宮諸星失陥貧賤論を参照)。現代風に言えば、化禄が四墓にある人の資源は、不動産や貯金のように蓄えられて動かないものが多いので、資源を流れさせることを学ぶとよい、ということです。
63子午巨門石中隱玉,明祿暗祿錦上添花。
書き下し子午の巨門は石中隠玉、明禄暗禄は錦上に花を添う。
現代語訳巨門星が子・午にあるのを、石中隠玉と言います。明禄と暗禄がそろえば、錦の上に花を添えるようなものです。
- 石中隱玉
- 巨門星が子・午で命宮に座ること。玉が石の中に隠れているようなものです。
- 明祿暗祿
- 命宮そのものにある禄を明禄、命宮と六合する宮にある禄を暗禄と言います。
64紫微辰戌遇破軍,富而不貴有虛名。
書き下し紫微辰戌にて破軍に遇えば、富みて貴からず虚名有り。
現代語訳紫微星が辰・戌で破軍星に遇えば、富んでいても貴くはなく、名ばかりです。
紫微星が辰・戌で破軍星に遇えば、富んでも貴くなく、名ばかりだと言います。盤の上の事実として、紫微星は辰・戌では必ず天相星と同宮し、対宮の戌・辰は必ず破軍星なので、「破軍星に遇う」は紫相が辰・戌にあるどの盤でも成り立ちます。昔の人は、帝星が耗の星に沖照されると、財はあっても実権がなく、名声が実質を上回ると考えました。巻一の〈十二宮諸星失陥破格訣〉も紫破が戌で出会うことを凶としています。今の私たちの感覚で言えば、紫相が辰・戌で命宮に座る人は収入は悪くないものの、役職や評判が表向きだけになりがちなので、実際の専門性を積み上げるとよい、ということです。〈斗数発微論〉にも「奸謀頻設,紫微愧遇破軍」とあります(斗数発微論を参照)。
65昌曲破軍逢刑剋多勞碌,貪武墓中居三十才發福。
書き下し昌曲破軍刑剋に逢えば労碌多く、貪武墓中に居れば三十にして才めて福を発す。
現代語訳文昌星・文曲星と破軍星が刑剋に逢えば、苦労が多いです。貪狼星・武曲星が墓の宮にあれば、三十歳になってようやく福が開けます。
前の句は、文昌星・文曲星が破軍星と同宮して刑剋に遇えば、苦労が多いということです。破軍星の化気は耗で、昌曲は文の星なので、文の星が耗の星に遇えば、読書人の才が散らされてしまいます。後の句は、貪狼星・武曲星が墓の宮にあれば、三十歳になってようやく福が開けるということです。貪武の同宮は丑・未だけですが、巻三の〈諸星同垣:貪狼星〉は「三十年後發財」と言い、注に、命宮に座る星を武曲星が守ったり照らしたりする場合で、辰・戌の宮がよく、丑・未の宮がそれに次ぐ、とあります(諸星同垣:貪狼星)。守は同宮、照は対宮なので、辰・戌の宮で貪狼星が命宮に座り、武曲星が対宮から照らす形も「墓中居」に入り、しかも評価は丑・未より高いのです。これは第14段の「先貧後富」と一致しています。
66天同戌宮為反背,丁人化吉主大貴。
書き下し天同戌宮は反背と為す、丁人化吉すれば大貴を主る。
現代語訳天同星が戌の宮にあるのは反背です。丁年生まれで吉に化せば、大貴をつかさどります。
- 丁人化吉
- 丁年生まれは天同星が化権となるので、吉に化すと言います。
天同星が戌の宮にあるのは「反背」ですが、丁年生まれは天同星が化権となり、かえって大貴だと言います。天同星は戌で、星格の輝度は平和、一つで座り、対宮の辰の宮は落陥の巨門星です。巻三の〈諸星同垣:天同星〉では「天同戌宮為反背,丁人命遇反為佳」となっています(諸星同垣:天同星)。全書によくある、陥地でも化吉に遇えばかえってよくなる例で、星そのものは強くなくても、生年の化権に遇うと力を発揮できる、ということです。盤を読むときは、戌の宮の天同星に化権の印があるかを見てください。
67巨門辰戌為陷地,辛人化吉祿崢嶸。
書き下し巨門辰戌は陥地と為す、辛人化吉すれば禄崢嶸たり。
現代語訳巨門星が辰・戌にあるのは陥地です。辛年生まれで吉に化せば、禄の位が高くそびえます。
- 辛人化吉
- 辛年生まれは巨門星が化禄となります。
- 崢嶸
- 高くけわしく、抜きん出ていること。
巨門星は辰・戌では陥地ですが、辛年生まれは巨門星が化禄となり、禄の位が高くそびえると言います。前の句と同じ理屈です。巻三の〈諸星同垣:巨門星〉の版に注意してください。「巨門辰宮化忌辛人命遇反為奇」となっていて(諸星同垣:巨門星)、「化忌」と書き、しかも辰の宮だけを言っています。全書の四化の口訣どおりなら、辛年は巨門星が化禄、文昌星が化忌なので、巻三の「化忌」は四化の口訣と合いません。写し間違いかもしれませんし、別のことを指しているのかもしれません。星格は四化の口訣に従って盤を立てるので、辛年には巨門星に化禄の印が付きます。
68機梁酉上化吉者,縱遇財官也不榮。
書き下し機梁酉上にて化吉する者は、縦い財官に遇うも栄えず。
現代語訳天機星・天梁星が酉の上で吉に化しても、財の星や官の星に遇ったところで栄えません。
- 機梁酉上
- 天機星・天梁星は辰・戌でしか同宮せず、酉では同宮しませんし、二つが酉で出会うこともありません。一般に、天機星か天梁星が酉で命宮に座ることと解します。
この句の条件には問題があり、注で指摘したとおり、天機星と天梁星は酉で同宮しません。巻三の〈諸星同垣:巨門星〉にほとんど同じ一句があり、「巨機酉上化吉者縱有財官也不終」と言っていて(諸星同垣:巨門星)、主役は巨門星と天機星です。巨機の同宮はちょうど卯・酉にあり、条件がそのまま成り立つので、この篇の「機梁」は「巨機」の誤りである可能性が高いでしょう。巻三に従って読めば、この句は、巨機が酉にあれば化吉になっても財と官は長続きしない、ということです。同じ篇は巨機が卯にあれば「至公卿」とも言っていて、卯と酉の二宮で評価が大きく違います。
69日月最嫌反背乃為失輝,命身定要精求恐差分數。
書き下し日月最も反背を嫌う、乃ち失輝と為す。命身は定めて精しく求むるを要す、分数を差うを恐る。
現代語訳太陽星・太陰星は反背をもっとも嫌い、それは輝きを失うことです。命宮・身宮は必ず細かく推し求めなければなりません。わずかな程度の違いを見誤るおそれがあるからです。
- 反背
- 太陽星が夜の宮に、太陰星が昼の宮にあって、どちらも輝きを失うこと。
日月は反背で輝きを失うのをもっとも恐れ、命宮・身宮は細かく推し求めるべきだ、と言います。前半は〈太微賦〉の「日月最嫌反背」の繰り返しですが(太微賦を参照)、後半で「恐差分數」と注意していて、程度を細かく見よということです。反背の盤にも違いがあります。太陽星・太陰星の両方が陥か、一方が陥で一方が平和か。昼の生まれか夜の生まれか。化禄・化権があるかどうか。巻三の〈諸星同垣:太陰星(日月を付す)〉は「若出外離宗成家也吉,勿概以反背論」と言っています(諸星同垣:太陰星(日月を付す))。星格の日月反背の格は、二つとも落陥し、しかも二つとも命宮を照らすときだけ判定します。
70陰騭延年增百福,至於陷地不遭傷。
書き下し陰騭は年を延べ百福を増す、陥地に至るも傷に遭わず。
現代語訳陰徳を積めば寿命が延び、あらゆる福が増し、陥地に至っても傷を受けません。
- 陰騭
- 人知れず行う善行。陰徳。
陰徳を積めば寿命が延びて福が増し、陥地に落ちても傷を受けない、と言います。全書のとても大事な一句で、昔の人が、命盤がすべてを決めるとは考えていなかったことを示しています。善を行えば命運は変えられる、ということです。全書には別に〈陰騭による延寿を論ず〉という専門の篇があり、竇禹鈞や宋郊など、徳を積んで命を変えた話を挙げています(陰騭による延寿を論ず)。いまの目で見れば、命盤が示すのは傾向で、本人の選択と行いはやはり結果を左右します。陥地を心配するより、変えられることに力を注ぐほうがよい、ということです。これは〈羅序〉の「順受」が消極的なあきらめではないこととも響き合っています。
71命實運堅稿田得雨,命衰限弱嫩草遭霜。
書き下し命実ち運堅ければ稿田雨を得、命衰え限弱ければ嫩草霜に遭う。
現代語訳命が充実し運が堅ければ、乾いた田が雨を得るようなものです。命が衰え限が弱ければ、若草が霜に遭うようなものです。
校勘 「稿田得雨」の「稿」は「槁」とすべきで、乾いて枯れるという意味です。
命が充実し運が堅ければ乾いた田が雨を得るよう、命が衰え限が弱ければ若草が霜に遭うよう、と言います。わかりやすいたとえです。本命の土台がよく、そこへよい運が来れば、日照り続きに恵みの雨のようで、一気に伸びます。本命の土台が弱く、そこへ悪い運が来れば、苗が寒い霜に遭うようで、とても傷つきやすい。第8段の「命好身好限好」と同じ意味を、もっと生き生きしたたとえで言っています。今日の言葉にすれば、本命盤の条件が弱い人は、運限がよくないときとくに守りを固めて身を守り、条件のよい人は、運限がよいときに大胆に機会をつかむとよい、ということです。
72論命必推星善惡,巨破擎羊性必剛。
書き下し命を論ずるには必ず星の善悪を推す、巨破擎羊は性必ず剛し。
現代語訳命を論じるには、必ず星の善し悪しを推し量ります。巨門星・破軍星・擎羊星(が命宮にあれば)、気性は必ず剛いです。
この段から星の性情の話になります。巨門星・破軍星・擎羊星が命宮に座れば、気性が剛いとします。巨門星は口論と弁舌、破軍星は破壊と開拓、擎羊星は衝突と刑傷をつかさどり、三つとも剛い星です。〈形性賦〉も破軍星を「情懷似火鋒沖」、擎羊星を「形醜貌粗」と書いています。「論命必推星善惡」がこの数段の主旨で、星には善悪の性があり、盤を読むときはまず命宮の主星の基本の性格をつかめ、ということです。現代に当てはめれば、この三つが命宮にある人は主張がはっきりしていて負けず嫌いで、粘り強さや議論の要る仕事に向きます。
73府相同梁性必好,火劫空貪性不常。
書き下し府相同梁は性必ず好く、火劫空貪は性常ならず。
現代語訳天府星・天相星・天同星・天梁星(が命宮にあれば)、気性は必ずよいです。火星・地劫星・地空星・貪狼星(が命宮にあれば)、気性は変わりやすく定まりません。
天府星・天相星・天同星・天梁星が命宮に座れば気性がよく、火星・地劫星・地空星・貪狼星が命宮に座れば気性が定まらない、と言います。前の四つはどれも安定して穏やかな星で、後の四つはせっかち、空虚、あるいは欲の強い星です。ここで貪狼星を火星や空劫と一緒にしているのは面白い分類で、貪狼星の移り気が、火星のせっかちさ、空劫の空しさと同じ仲間と見られているのです。〈形性賦〉が貪狼星を「易善易惡」と言うのも同じ見方です(形性賦を参照)。いまの言葉で言えば、後の四つが命宮にある人は興味が広く変化が速いので、腰を据える力を育てるとよい、となります。
74昌曲祿機清秀巧,陰陽左右最慈祥。
書き下し昌曲禄機は清秀にして巧み、陰陽左右は最も慈祥。
現代語訳文昌星・文曲星・禄存星・天機星(が命宮にあれば)、すっきりと秀でて器用です。太陰星・太陽星・左輔星・右弼星(が命宮にあれば)、もっとも慈しみ深いです。
文昌星・文曲星・禄存星・天機星が命宮に座ればすっきりと秀でて器用で、太陰星・太陽星・左輔星・右弼星が命宮に座ればもっとも慈しみ深い、と言います。前の四つは聡明さと細やかさを、後の四つは穏やかさと人の世話をすることをつかさどります。日月と左右を一緒にしているのは興味深いところで、日月は一枚の盤の光、左右は助けで、どちらも与える型の星です。第72・73段と合わせると、簡潔な「星の性質の分類表」になります。剛、好、不常、巧、慈です。盤を読むとき、この表を使えば命宮の主星の基本の性格をすばやくつかめます。
75武破貞貪沖合曲全固貴,羊陀七殺相雜互見則傷。
書き下し武破貞貪沖合して曲全なれば固より貴く、羊陀七殺相雑わり互いに見ゆれば則ち傷る。
現代語訳武曲星・破軍星・廉貞星・貪狼星が沖し合し、しかも欠けるところなくそろえば、もとより貴いです。擎羊星・陀羅星・七殺星が入り混じり、互いに照らし合えば、傷つきます。
- 曲全
- 欠けるところなくそろうこと。文曲星もそろうと読む人もいます。
武曲星・破軍星・廉貞星・貪狼星が「沖合曲全」なら貴いと言います。四つとも行動型の星で、三方四正で互いに沖し、会合して、格局が欠けずにそろえば、大きなことを成し遂げられます。〈増補太微賦〉も「如武破廉貪固深謀而貴顯」と言っています(増補太微賦を参照)。後の句は、擎羊星・陀羅星・七殺星が入り混じり、互いに照らし合えば刑傷があるということです。剛い星が多すぎて、しかも調和させるものがなければ、事が起こる、という意味です。現代の目で見れば、行動力が強いのは長所ですが、吉星か穏やかな星で釣り合いをとる必要がある、ということです。
76貪狼廉貞破軍惡,七殺擎羊陀羅凶。
書き下し貪狼廉貞破軍は悪、七殺擎羊陀羅は凶。
現代語訳貪狼星・廉貞星・破軍星は悪の星で、七殺星・擎羊星・陀羅星は凶の星です。
この句は星を分類しています。貪狼星・廉貞星・破軍星は「悪」、七殺星・擎羊星・陀羅星は「凶」です。「悪」は主に性格の問題(欲、囚われ、破耗)を、「凶」は主に出来事の上の害(粛殺、刑傷、引きずり)を指します。これは基本の属性にすぎないことに注意してください。全書はほかの箇所で、これらの星が入廟したときの評価を低くしていません。たとえば貪狼星は入廟なら「不凶」、破軍星は子・午なら「加官進祿」です。この句は、これらの星はよくなるのに条件が要り、条件が足りないと悪・凶の面が出る、と読むべきです。
77火星鈴星專作禍,劫空傷使禍重重。
書き下し火星鈴星は専ら禍を作し、劫空傷使は禍重重たり。
現代語訳火星・鈴星はもっぱら禍を起こします。地劫星・地空星・天傷星・天使星は、禍が幾重にも重なります。
- 傷使
- 天傷星・天使星。奴僕宮・疾厄宮に固定された二つの星で、運限の災いと傷をつかさどります。
火星・鈴星はもっぱら禍を起こし、地劫星・地空星・天傷星・天使星は禍が重なる、と言います。ここでは傷使も凶星に数えています。天傷星は奴僕宮、天使星は疾厄宮にあって位置が決まっているので、働くのは主に運限の中です。大限や流年が奴僕宮・疾厄宮の二宮に来たときに引き起こされます。〈斗数発微論〉の原注も「劫空傷使在內合斷」と言っています。今日的には、これらの星は突発的な出来事や思わぬ消耗を表すことが多いので、運限で遇ったときは守りを固め、備えを一つ多くしておくとよい、ということです。
78巨門忌星皆不吉,運身命限忌相逢。
書き下し巨門忌星は皆吉ならず、運身命限相逢うを忌む。
現代語訳巨門星と化忌はどちらも吉ではなく、運・身宮・命宮・限のどれでも、出会うのを忌みます。
79更兼太歲官符至,官非口舌決不空。
書き下し更に太歳官符の至るを兼ぬれば、官非口舌決して空しからず。
現代語訳そこへさらに太歳・官符が来れば、訴訟や口論は決して避けられません。
前の句を受けて、そこへさらに太歳・官符が来れば、訴訟や口論は避けられない、と言います。これは流年の考え方で、本命で巨門星か化忌のある宮に、流年の太歳がめぐり、しかも官符も一緒に来れば、官の事件になる、ということです。官符は歳前十二神の一つで、星格の運限の盤で見ることができます。この句は〈太微賦〉の「官符加刑殺於遷移,離鄉遭配」と同じ類です(太微賦を参照)。現代に当てはめれば、こうした流年には契約のもめごとを避け、発言に気をつけ、必要なら法律の専門家に相談するとよい、ということです。
80弔客喪門又相遇,管教災病兩相攻。
書き下し弔客喪門又相遇えば、管ず災病をして両つながら相攻めしむ。
現代語訳弔客・喪門がさらに出会えば、必ず災いと病が両側から攻めてきます。
弔客・喪門がさらに出会えば、災いと病が両側から攻めてくる、と言います。二つとも歳前十二神で、弔事と哀しみをつかさどり、第42段と同じ類です。この数段(78〜80)は流年を判断する順序になっています。まず本命に巨門星・化忌があるかを見て、次に流年の太歳・官符を見て、さらに弔客・喪門を見る、という順です。〈斗数発微論〉も「天哭喪門流年莫遇」と言っています(斗数発微論を参照)。現代風に読むと、こうした流年は家の年長者の健康や、気持ちの落ち込みと関わることが多いので、家族と過ごす時間を増やし、体に気をつけるとよい、となります。
81七殺守身終是夭,貪狼入命必為娼。
書き下し七殺身を守れば終に是れ夭、貪狼命に入れば必ず娼と為る。
現代語訳七殺星が身宮を守れば、結局は若くして死にます。貪狼星が命宮に入れば、必ず娼妓になります。
- 娼
- 娼妓。
七殺星が身宮を守れば結局は夭折し、貪狼星が命宮に入れば必ず娼妓になる、と言います。全書でもいちばん重い断定の二つで、しかも何の条件も付いていません。注意したいのは、〈貪狼星の主るところは〉が同じ句を引いていて、「七殺守身終是夭,貪狼入廟必為娼」と、「入命」ではなく「入廟」と書いていることです(貪狼星の主るところは)。その後には、破軍星と同居し、生旺の地にあってはじめて淫奔のことがあり、「喜見空亡,返主端正」と続きます。この文脈に従えば、この句はもともと条件付きだったのです。いまの読み方としては、七殺星が身宮にある人は健康と安全に気をつけるとよく、貪狼星が命宮にある人は魅力が強く感情が豊かだ、ということで、字面どおりに決めつけることはできません。
82心好命微亦主壽,心毒命固亦夭亡。
書き下し心好ければ命微なるもまた寿を主り、心毒なれば命固きもまた夭亡す。
現代語訳心根がよければ、命が薄くても長寿をつかさどります。心根が毒々しければ、命が堅固でも若くして死にます。
心根がよければ命が薄くても長生きし、心根が毒々しければ命が堅くても早く死ぬ、と言います。第70段の「陰騭延年」と同じ意味で、全書が人の心は命運を変えられると考えていることを改めて示しています。これは全書のとても価値のある一面で、純粋な宿命論ではなく、命盤の外に「心」という変数があることを認めているのです。いまの目で見れば、命盤は一枚の地図で、どの道を行くかは自分の選択です。心の持ち方がよい人は、条件が平凡でも、穏やかに長く暮らしていけます。
83今人命有千金貴,運去之時豈久長。
書き下し今人命に千金の貴有るも、運去るの時豈に久長ならんや。
現代語訳いまの人に、命に千金の富貴があっても、よい運が去ってしまえば、どうして長く続くでしょうか。
いま命に千金の富貴があっても、よい運が去れば長くは続かない、と言います。この句は運の移ろいを語っていて、本命がどれほどよくても運限には必ず浮き沈みがあります。第3段の「或在旺鄉,遭連年之困苦」と呼応しています。現代の読み方はとても実際的で、運がよいときは蓄え、実力を積み、よい運がずっと続くと思わないこと、運が悪いときも絶望しなくてよい、運は変わるのだから、ということです。盤を読むときは自分の大限の並びを見れば、どの時期が順でどの時期が逆かがわかり、前もって計画を立てられます。
84數內包藏多少理,學者須當仔細詳。
書き下し数内に多少の理を包蔵す、学ぶ者須らく当に仔細に詳らかにすべし。
現代語訳斗数の中にはどれほど多くの道理が包み込まれていることか。学ぶ者は必ず細かく詳しく推し究めなければなりません。
結びとして、斗数の中には多くの道理が包まれているので、学ぶ者は細かく推し究めよ、と言います。〈斗数骨髄賦〉は全書で格局名がもっとも密集した篇であり、前後の矛盾がもっとも多い篇でもあります。廉殺が財を積むのかさすらうのか、馬頭帯剣の吉凶、機梁酉上の条件など、どれも巻三の注と照らし合わせてはじめて読み通せます。この篇をいちばんよく読む方法は、一句ずつ巻三の〈諸星同垣〉に戻して元の注を探し、条件が省かれていないかを見ることです。学堂の骨髄賦の課も、この篇でよく使われる格局を整理しています。
底本原文(ウィキソース、一部簡体字)
よくある質問
〈斗数骨髄賦〉とは何ですか?
〈斗数骨髄賦〉は『紫微斗数全書』巻一にある格局の総賦で、紫微斗数の神髄を語る篇です。七殺朝斗、紫府同宮、日照雷門、月朗天門、石中隠玉、機月同梁、日月並明、馬頭帯剣などの格局名の多くは、この篇から出ています。
「命無正曜,夭折孤貧」とはどういう意味ですか?
正曜は十四主星のことです。〈斗数骨髄賦〉は、命宮に主星がなければ夭折し、孤独で、貧しいと言います。続く一句「吉有凶星,美玉瑕玷」は、吉星の中に凶星が混じると、美しい玉に傷があるようなものだという意味です。現代では一般に、命宮に主星がなければ対宮の星を借りて見ると言います。
「七殺朝斗,爵祿榮昌」とはどんな格局ですか?
七殺朝斗は、七殺星が寅・申・子・午で命宮に座り、対宮か三方に紫微星(北斗の帝星)・天府星が来て朝する形です。〈斗数骨髄賦〉は、この格局の人は官爵と俸禄が盛んになると言います。同じ段の「紫府同宮,終身福厚」は、紫微星と天府星が寅・申で同宮すれば一生福が厚いという意味です。
「石中隱玉」「日照雷門」「月朗天門」はそれぞれ何ですか?
石中隠玉は巨門星が子・午で命宮に座る形です。日照雷門は太陽星が卯で命宮に座る形で、卯は八卦の震にあたり、震は雷です。月朗天門は太陰星が亥で命宮に座る形で、亥は天門です。〈斗数骨髄賦〉は、日照雷門は富貴栄華、月朗天門は爵位が進み侯に封じられると言います。
〈斗数骨髄賦〉は貪狼星が命宮にあるのはよくないと言っているのですか?
賦文の貪狼星への言い方は両極端です。貪狼星と火星が廟旺にあれば「名鎮諸邦」、貪狼星と武曲星が同行すれば「威鎮邊夷」と言う一方で、貪狼星が陥地なら「作屠人」、昌貪が命宮にあれば「粉骨碎屍」、貪狼星が命宮に入れば「必為娼」とも言います。廟陥と同宮の星を見る必要があり、一句だけで判断することはできません。
この篇に出てくる主星