アレクサンドル・デュマの紫微斗数命盤
フランスの小説家、『モンテ・クリスト伯』の作者・1802年7月24日、ヴィレル=コトレ, フランス生まれ
『三銃士』『モンテ・クリスト伯』を書いたフランスの小説家です。盤上の命宮には太陰(落陥)が入り、身宮は遷移宮にあって太陽(不得地)が入ります。
宮をタップで三方四正、下のパネルを引き上げて読み解き。
今
命宮
命盤と重なるところ
世界でいちばん気前のいい人
晩年のデュマを知るイギリスの劇作家ワッツ・フィリップス(Watts Phillips)は、彼を「世界でいちばん気前がよく、いちばん心の広い人」と評しました。彼の盤では、身宮が遷移宮にあり、太陽(不得地)が入ります。遷移宮は外にいること、人と交わることの宮で、太陽は光と熱を放ち、その光を人に分け与える星です。人に対して気前がよかったことは、この星と重なります。
出典 ↗1829年、初めての上演作
1829年2月10日(数え年28歳)、デュマの最初の上演作『アンリ三世とその宮廷』がコメディ・フランセーズで初演され、のちに国王となるオルレアン公も観劇しました。この劇は大好評を博し、フランス・ロマン主義演劇の発展における重要な作品とされています。盤上の1829年の流年四化では、天梁(落陥)化科が本命の官禄宮に入ります。官禄宮は事業、化科は名声、人の目に留まることで、この劇で評価を得たことと通じます。
出典 ↗書き手の一団と本を書く
デュマは助手や共作者を大いに頼りにし、その中にはオーギュスト・マケもいました。彼は執筆工房を構え、そこでの書き手たちが何百もの物語を書きましたが、どれも彼自身が指導し、手を入れ、書き足しています。彼の盤では、奴僕宮に武曲(利益)化忌が入ります。奴僕宮は友人や協力者の宮で、化忌は力を使い、心を注ぐところです。共作者の原稿に自ら目を光らせたことは、この位置に表れています。
出典 ↗邸宅の隣に執筆用の建物
1846年、デュマはパリ郊外のル・ポール=マルリーに邸宅モンテ・クリスト城を完成させ、その隣に執筆用の建物を別に建てました。彼の盤では、田宅宮に文昌(利益)があります。田宅宮は住まい、家の宮で、文昌は文書と文字の星です。家のそばにわざわざ書くための建物を設けたことは、この星と響き合います。
出典 ↗命宮
アレクサンドル・デュマの命宮は辰宮、主星は太陰。星格ではこの星を「詩人」と呼びます。火六局と合わせて、星格75タイプの「火六局・太陰タイプ」です。
生年四化
アレクサンドル・デュマの生まれ年の十干が、4つの星を化禄・化権・化科・化忌に変えます:
出生データ
現地時刻 1802-07-24 05:30。出典は Astro-Databank、ロッデン評価 AA(出生証明・出生記録)。出生地の真太陽時では 05:23、卯の刻。
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