アーサー・アッシュの紫微斗数命盤
テニス選手、黒人男性初のウィンブルドン優勝・1943年7月10日、リッチモンド, アメリカ生まれ
四大大会のシングルスで三度優勝し、黒人として初めてアメリカのデビスカップ代表に選ばれたテニス選手です。命宮には紫微(廟)が入ります。
宮をタップで三方四正、下のパネルを引き上げて読み解き。
今
命宮
命盤と重なるところ
落ち着きが彼の代名詞に
アッシュは少年時代にジョンソン医師のもとでテニスを学びました。ジョンソンはスポーツマンシップと礼儀、落ち着きを教え、ラインから2インチ以内の球はすべて打ち返し、審判の判定には決して抗議しないよう言い聞かせました。この落ち着きは、のちにアッシュの代名詞になります。彼の盤では、遷移宮に天相(得地)が入ります。遷移宮は外での振る舞いに当てて読まれ、天相は礼を守り、節度があることに当てて読まれることが多い星です。照らし合わせて読めます。
出典 ↗1975年、ウィンブルドン優勝
1975年7月5日(数え年33歳)、第6シードで出場したアッシュはウィンブルドン決勝で前年王者のコナーズを4セットで破り、優勝しました。1947年以来初めて、アメリカ人同士で争われたウィンブルドン決勝でした。盤上の1975年の流年四化では、紫微(廟)化科が本命の命宮に入ります。化科は名声で、命宮にあると名声が本人に集まります。この優勝と重なります。
出典 ↗ATP創設を推し、会長に
1972年の全米オープンの期間中、アッシュは男子プロの賞金がこの競技の高まる人気に追いついていないことを案じ、選手をプロモーターや協会の思惑から守るためにも、男子プロテニス協会(ATP)の設立を支持しました。1974年には会長に選ばれています。彼の盤では、奴僕宮に巨門(旺)化権が入ります。奴僕宮は仲間や大衆、化権は主導権です。先頭に立って選手の権利を求めたことと通じます。
出典 ↗命宮
アーサー・アッシュの命宮は丑宮、主星は紫微・破軍。星格ではこの星を「帝王」と呼びます。金四局と合わせて、星格75タイプの「金四局・紫微タイプ」です。
生年四化
アーサー・アッシュの生まれ年の十干が、4つの星を化禄・化権・化科・化忌に変えます:
出生データ
現地時刻 1943-07-10 12:55。出典は Astro-Databank、ロッデン評価 AA(出生証明・出生記録)。出生地の真太陽時では 11:40、午の刻。
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