ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの紫微斗数命盤
古典派の作曲家・1756年1月27日、ザルツブルク, オーストリア生まれ
五歳で作曲を始め、『フィガロの結婚』『ドン・ジョヴァンニ』を残した作曲家です。盤では命宮に廉貞(平和)と破軍(落陥)が入り、左輔と禄存も同じ宮にあります。
宮をタップで三方四正、下のパネルを引き上げて読み解き。
今
命宮
命盤と重なるところ
1781年、職を辞してウィーンへ
1781年(数え年27歳)、モーツァルトはザルツブルクの雇い主である大司教と衝突して解雇されました。父は手紙で戻るよう説きましたが、彼はウィーンにとどまり、フリーの演奏家・作曲家として生きることを選びます。研究者のソロモンはこれを「革命的な一歩」と呼んでいます。彼の盤では、命宮に破軍(落陥)が入ります。破軍は古い枠を壊して新しく始める星で、宮廷の職を離れて自分の力で道を切り開いたこの一歩と重なります。
出典 ↗1787年、宮廷の職を得る
1787年(数え年33歳)10月、『ドン・ジョヴァンニ』がプラハで初演されて大好評を博し、同じ年の12月には皇帝ヨーゼフ2世が彼を「室内楽作曲家」に任命し、ようやく安定した職を得ました。盤上のこの年の流年命宮は本命の官禄宮にあたり、武曲(廟)と貪狼(廟)が入ります。流年命宮が官禄宮にあると、その年の重心は仕事に置かれます。この二つの出来事と通じる配置です。
出典 ↗父がただ一人の師
父レオポルトは作曲家で、経験豊かな音楽教師でもあり、モーツァルト姉弟のただ一人の教師として、音楽のほかに語学や学科も教えました。1769年からのイタリア旅行も父が連れて行ったもので、各地に息子の才能を見せるためでした。彼の盤では、父母宮は空宮で、向かいの疾厄宮の天梁(廟)化権を借りて見ます。天梁は年長者で人の面倒を見る星、化権は物事を決めることです。父が幼い頃から鍵盤を教え、各地の演奏に連れて行ったことと重なります。
出典 ↗命宮
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの命宮は卯宮、主星は廉貞・破軍。星格ではこの星を「審判」と呼びます。土五局と合わせて、星格75タイプの「土五局・廉貞タイプ」です。
生年四化
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの生まれ年の十干が、4つの星を化禄・化権・化科・化忌に変えます:
出生データ
現地時刻 1756-01-27 20:00。出典は Astro-Databank、ロッデン評価 AA(出生証明・出生記録)。出生地の真太陽時では 19:46、戌の刻。
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自分の命盤へ命宮が廉貞の有名人