ギュスターヴ・エッフェルの紫微斗数命盤
技術者、エッフェル塔の設計者・1832年12月15日、ディジョン, フランス生まれ
エッフェル塔を建て、自由の女神像の内部構造も設計したフランスの技師です。命宮には廉貞(利益)と七殺(廟)が入り、左輔と右弼も同じ宮にあります。
宮をタップで三方四正、下のパネルを引き上げて読み解き。
今
命宮
命盤と重なるところ
塔の構想は彼のチームから
エッフェル塔の設計は、もともと彼の会社の技師ケクランとヌーギエが考えたもので、建築家のソーヴェストルが装飾を加えました。エッフェルは初めあまり関心を示さず、改良案を見てから支持し、三人の設計の特許を買い取っています。彼の盤では、命宮に左輔と右弼が同宮しています。左輔と右弼は助けの星で、身近な助け手やチームを表します。塔の構想が会社の技師から生まれたいきさつと重なります。
出典 ↗1889年、一行を率いて塔へ
塔の本体は1889年3月末に完成しました。3月31日(数え年58歳)、エッフェルは政府の役人や記者を連れて階段で塔を上り、一時間あまりかけて頂上に着くと大きな三色旗を掲げ、下の階では礼砲が25発撃たれました。盤上の1889年の流年四化では、武曲(平和)化禄が本命の官禄宮に入ります。官禄宮は事業、化禄は実りです。塔がこの年に完成したことと通じます。
出典 ↗塔の収入は二十年間彼のもの
塔の契約はエッフェルが個人の名で結び、政府が出したのは150万フランで、見積もられた建設費650万フランの四分の一にも届きませんでした。しかし博覧会の期間とその後二十年間の商業収入は、すべて彼のものになる取り決めでした。彼の盤では、財帛宮に紫微(旺)化権が入ります。財帛宮はお金、化権は主導です。お金の入り方を自分で握ったこの契約と重なります。
出典 ↗ポルトガルのドウロ川の橋
1875年、エッフェルの会社は競合よりはるかに安い見積もりで、ポルトガルのドウロ川に架かる鉄道橋を受注しました。1877年には国王と王妃が出席して開通し、王妃マリア・ピアの名がつけられています。のちにガラビ橋が入札なしで彼に任されたのも、この橋の成功があったからです。彼の盤では、遷移宮に天府(廟)化科が入ります。遷移宮はよその土地、化科は名声です。国外で実績を上げ、人の目に留まったことは、この橋に表れています。
出典 ↗命宮
ギュスターヴ・エッフェルの命宮は丑宮、主星は廉貞・七殺。星格ではこの星を「審判」と呼びます。木三局と合わせて、星格75タイプの「木三局・廉貞タイプ」です。
生年四化
ギュスターヴ・エッフェルの生まれ年の十干が、4つの星を化禄・化権・化科・化忌に変えます:
出生データ
現地時刻 1832-12-15 20:00。出典は Astro-Databank、ロッデン評価 AA(出生証明・出生記録)。出生地の真太陽時では 20:02、戌の刻。
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