モーリス・ラヴェルの紫微斗数命盤
フランスの作曲家、『ボレロ』・1875年3月7日、シブール, フランス生まれ
『ボレロ』を書き、管弦楽法の腕で知られるフランスの作曲家です。盤上の命宮には武曲(利益)と七殺(旺)が入り、同じ宮に文曲(旺)と禄存もあります。
宮をタップで三方四正、下のパネルを引き上げて読み解き。
今
命宮
命盤と重なるところ
身なりと立ち居振る舞いにこだわる
ラヴェルは服装にこだわるダンディのような装いで、自分の外見と振る舞いに一分の隙もありませんでした。音楽学者アービー・オレンスタイン(Arbie Orenstein)は、彼が「身なりのよい競馬の騎手」のように見えたと述べています。彼の盤では、身宮が夫妻宮にあり、そこに天相(廟)が入ります。天相は品位、服装や身だしなみに当てて読まれることが多い星で、廟の位置で最も力を発揮します。外見へのこだわりと重ねて見ることができます。
出典 ↗1910年、独立音楽協会を結成
1910年(数え年36歳)、ラヴェルはフォーレの元弟子数人とともに、より現代的な「独立音楽協会」を結成しました。保守派が主導する国民音楽協会とは一線を画す団体で、会長にはフォーレが就き、4月20日の最初の演奏会では彼の『マ・メール・ロワ』の原曲である四手連弾版が初演されました。盤上の1910年の流年四化では、武曲(利益)化権が本命の命宮に入ります。化権は主導し、自分で決めることで、この年に仲間と新たに旗揚げしたことと重なります。
出典 ↗1921年、郊外の小さな家へ
都会の暮らしに疲れを感じたラヴェルは、1921年5月、パリの西50キロ、モンフォール=ラモーリーの町はずれにある小さな家「ベルヴェデーレ」に移り、献身的な家政婦に世話をしてもらいました。パリや外国での演奏がないときは、そこで作曲し、庭の手入れをしていました。彼の盤では、田宅宮に天機(廟)化禄が入ります。田宅宮は住まい、化禄は順調さと福を表し、この家に落ち着いて暮らしたことと通じます。
出典 ↗存命中のフランス最大の作曲家
1920年代から1930年代にかけて、ラヴェルは国際的に、存命中のフランスで最も偉大な作曲家とみなされていました。1928年には北米を四か月かけて巡演し、ニューヨークで開かれたラヴェル作品だけの演奏会では、彼が席に着いた途端、観客が総立ちで拍手を送りました。彼の盤では、官禄宮に紫微(廟)化科が入ります。官禄宮は事業、化科は名声、人の目に留まることを表し、作曲家として得た名声と重なります。
出典 ↗命宮
モーリス・ラヴェルの命宮は卯宮、主星は武曲・七殺。星格ではこの星を「実業家」と呼びます。土五局と合わせて、星格75タイプの「土五局・武曲タイプ」です。
生年四化
モーリス・ラヴェルの生まれ年の十干が、4つの星を化禄・化権・化科・化忌に変えます:
出生データ
現地時刻 1875-03-07 22:00。出典は Astro-Databank、ロッデン評価 AA(出生証明・出生記録)。出生地の真太陽時では 21:47、亥の刻。
自分の命盤と比べる
自分の命盤へ命宮が武曲の有名人