ジンジャー・ロジャースの紫微斗数命盤
ダンサー・女優、アカデミー主演女優賞受賞・1911年7月16日、インディペンデンス, アメリカ生まれ
フレッド・アステアと組んで踊り、のちにアカデミー主演女優賞も受けたハリウッドのスターです。命宮には七殺(旺)が入り、一人で立つ星です。
宮をタップで三方四正、下のパネルを引き上げて読み解き。
今
命宮
命盤と重なるところ
「ジンジャーは泣かなかった」
アステアと振付の相棒ハーミズ・パンはどちらも、彼女はとてもプロ意識が高く、ほかの映画の仕事とアステアの厳しい稽古を同時にこなしていても変わらなかったと話しています。アステアは1986年にこう言いました。「私と踊った女の子はみんな、自分にはできないと思った……だからいつも泣いた。ジンジャー以外はね。そう、ジンジャーは一度も泣かなかった」。彼女の盤では、命宮に七殺(旺)が入ります。七殺は重圧に耐え、一人で立つ星です。
出典 ↗アステアと組んだミュージカル
1930年代、彼女はフレッド・アステアとRKOで九本のミュージカル映画に出演し、かつてない優雅で見事なダンスでハリウッドのミュージカル映画を塗り替えました。その中には『トップ・ハット』(1935年)や『有頂天時代』(1936年)があります。この二年はどちらも数え年24〜33歳の大限にあたり、大限四化の天同(廟)化禄が本命の奴僕宮に入ります。奴僕宮は友人や仕事の相手、化禄は実りです。このコンビと重なります。
出典 ↗ドラマに転じて主演女優賞
アステアとのコンビが終わる前後から、彼女はミュージカル以外の作品にも主演して成功し、1937年の『ステージ・ドア』では演技力を見せました。1941年には1940年の『恋愛手帖』でアカデミー主演女優賞を受けています。彼女の盤では、官禄宮に破軍(旺)が入ります。官禄宮は仕事、破軍は道を変え、一から始める星です。ミュージカルからドラマやコメディへ移ったことと通じます。
出典 ↗ウエスト・エンドで最高の出演料
1969年、彼女はロンドンのウエスト・エンドにあるドルリー・レーン王立劇場(Theatre Royal, Drury Lane)でミュージカル『Mame』に主演し、ウエスト・エンドの歴史でそれまでで最も高い出演料を得た俳優になりました。公演は14か月続いています。この頃は数え年54〜63歳の大限にあたり、大限四化の武曲(旺)化禄が本命の遷移宮に入ります。遷移宮は外に出ること、化禄は実りです。海外で高い出演料を得たことと重なります。
出典 ↗命宮
ジンジャー・ロジャースの命宮は午宮、主星は七殺。星格ではこの星を「将軍」と呼びます。金四局と合わせて、星格75タイプの「金四局・七殺タイプ」です。
生年四化
ジンジャー・ロジャースの生まれ年の十干が、4つの星を化禄・化権・化科・化忌に変えます:
出生データ
現地時刻 1911-07-16 02:18。出典は Astro-Databank、ロッデン評価 AA(出生証明・出生記録)。出生地の真太陽時では 01:55、丑の刻。
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